(ヨハネによる福音書 15章5節)   大谷唯信牧師



「もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。」



私たちの「教会の祈り」は最初が「常にまず自分の内側を整える」である。内側を整えるとはまず主とつながることだ。そうすれば神の国(支配)の中にいることになる。「自分は今、キリストにつながっていますか?」と自分に問いかけてみよう。その時、自分の姿勢の現実に気づかされる。



その思いの中で、「私はつながっています。」と信仰で宣言し、同時に御聖霊の働きによって、神の御臨在に包まれている平安を信仰で味わいつつ、主を見上げるのである。すべてを信仰の出来事にするのだ。現実がどんなに苦しく、自分の期待と違っていても、不平はやめて「私は主につながっています」と宣言していくのである。



エジプトを出たイスラエル人の、40年間の荒野の旅は、正に不平不満、不信仰の旅であった。それは現在の不安なこの世の姿でもある。不信仰には必ず恐れが伴う。神はモーセを通し民に語る。「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。…主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。(出エジプト記1413



不信仰はどうしても困難を通して神を見る。信仰は神を通して困難を見る。信仰は神の側、御国の中に居らせ、対岸の火事を見るように、出来事を見させてくださる。この世に居りながら、嵐の中であっても、神の支配の中で平安に満たされているのである。それは、「わたしは主につながっています」との信仰宣言によって与えられる恵みである。



その与えられた平安、知恵、希望が世の人から見ると不思議に見え、結果的に「世の光、地の塩」としての存在にされていくのである。しかし律法もそうであったように、福音も聖書の言葉も、生きた信仰によって霊の命を吹き込まなければ、単なる文字となり、「絵に描いた餅」になってしまう。感謝なことに私たちは生ける教会であることを覚えよう。




















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by oume-akebono | 2017-08-27 14:21 | 週報メッセージ

(コリント人への第二の手紙 3章6節)      大谷唯信牧師



「神はわたし達に力を与えて、新しい契約に仕える者とされた。それは文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす」



今、私達の連盟の全国諸教会が驚くほどに疲弊している。323もある伝道所・教会のうち昨年一年間で受浸者0人が193教会、礼拝出席者平均人数は40人以下となった。私達の教会は祈りの目標から見るとまだまだであるが、受浸者はその前年と同じく9人、礼拝出席は123人となった。これは全くの神の恵みであり御聖霊の働きに他ならない。心から主に感謝しよう。



諸教会の多くがなぜ疲弊してしまうのか。怠けているのだろうか。そんな事はない。皆、真面目で熱心に祈り取り組んでいる様子を見る。連盟を通して送られて来るバプテスト誌、宣教研究所からの宣研ニュースレターをはじめ、その他の報告、活動等を見ると、その時々の課題を取り上げ、正にレベルも高く活動的な精鋭部隊のようにも感じる。目を通すごとに教えられ学ばされる事が実に多い。しかし私の理解不足と思うが、現実の教会形成、教会の成長に対してとなると、ほとんど力にはならない。無味乾燥であり「だから何よ?」との問いが出てしまうのだ。強くなりたいと取り組んでいる土俵の力士に、相撲の成り立ちや歴史を聞かせているようなものに見えるのである。これは愚かな一牧師の感想であるからどうでも良いのだが…。ここまで諸教会が疲弊している現実を見るならば、もうそろそろ言葉遊びはやめて本気で御言葉に取り組む必要があるのでは、と思うのである。



一番の原因は、自覚のないままいつの間にか霊が肉になり、御言葉が文字になってはいないかということである。「文字は人を殺し、霊は人を生かす」のだ。エデンの園には、「善悪を知る知識の木」と「命の木」を神は植えられた。「知識の木は死に至るので食べるな」と言われた。この世は知識・情報を求める。死への道だ。故に教会は命の木から命を受け、死せるこの世にキリストの命を吹き込むことが使命なのだが…。






















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by oume-akebono | 2017-08-20 17:30 | 週報メッセージ

(箴言 3章5-6節)        大谷唯信牧師



「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。
すべての道で主を認めよ、そうすれば、
主はあなたの道をまっすぐにされる。」



またまたアメリカの大統領は北朝鮮に対し、互いに相手を非難し、この時代に武力で牽制し、火の海にしてやるとの野次を飛ばす幼稚な行動で世界を騒がせ、自らの愚かさを得意気に現している。人間としての力以上の権限、地位、富を得たりすると人間は崩れると言われるが、その見本のようなものだ。


こういうときこそ日本は同盟国、おともだち等と言うなら、もっと毅然として世界人類の平和のために両者の中に飛び込み、教え、悟らせ、心に訴え、両者に責任と感動を与えるような態度や言葉一つもないのだろうか。被爆国の日本だからこそ出来ること、しなければならないことがある筈である。その立場にいる指導者達は、日本がこの歴史の現実から世界のために与えられている日本の立場、責任、使命の重さを感じているのだろうか。世界の人々の悲しみの声、世界の人々の平和への道筋を見ようとしているのか、否である。それぞれが個人主義に陥り自分の立場、自分の主義、自分の党派、自分の成功、栄誉…自分を守るために汲々としており、浮き足立ち、足が地に着いていないのではないか。



「少年(青年)よ、大志を抱け!」は有名な言葉だ。北大の前身、札幌農学校の宣教師の言葉である。「大きな志を持って」であるが、本来の言葉は「キリストにあって」、「キリストによって」の言葉が入っていたと言われている。キリストなしの大志では単なる野望になり、個人主義のエゴを脱するどころか拡大するからだ。エゴは世界に野火のようにすでに拡がっている。クラーク師はキリストを伝えたのだ。後の人はこれを消した。これが世の常である。今やエゴの炎が全世界に拡がっている。第1のものを捨てたからだ。冒頭の御言葉も捨ててはいけない第1のものを示しているのだが、どうであろう。第1のものとはキリストである。知識の木といのちの木は、常に目の前にあるのだ。






















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by oume-akebono | 2017-08-13 14:22 | 週報メッセージ

8月6日 成長する教会

(エペソ人への手紙 4章15-16節)      大谷唯信牧師



「愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである」



健康的に成長しているキリストの教会の姿がここにある。もし、キリストにつながっているなら必ず実を豊かに結ぶのが教会である。同時に「わたしから離れては、あなたがたは何一つできない」と自然の命の営みを通して教会の霊的成長の命の原則を示している。生命は教理でも哲学でもなく教訓や教えでもない。教会の生ける命はキリストの御霊以外にはない。御霊によって歩んでいる教会はどのような状況にあっても豊かに成長する。私達はそう固く信じている。何故なら使徒行伝にある初代教会の歩みを見るがいい。あのペテロやパウロがどのようにして変えられたのか。思いを馳せる時今でも新しく多くの学び、発見、励まし、慰めを受ける。



聖書中の人物からは不思議に思えるほどに新しく教えられ、実に新鮮なのである。



共通している事が一つある。それは、皆、主に出会っている事だ。わたしも主に出会った。50年以上も前になる。以来、命の泉が内から湧き支えられている。自分自身を見ると不忠実そのもので勿体なく恥ずかしいのであるが、今やそう言うものを超えて、実に私達の教会が新しい霊の風に吹かれて主の働きを受けている動きが見え涙が止まらなくなった…どうした事だろう。教会の方々のいろいろな思い、喜び、悲しみ、祈りが霊に迫ってくる…どうしたらよいのだろう。」



「心をつくして主に信頼せよ。自分の知識に頼ってはならない。すべての道で主を認めよ。そうすれば主はあなたの道をまっすぐにされる」(箴言3:5-6)


「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まる所にはわたしもその中にいる」(マタイ15:20)


全くその通りであった。先週のC.S.キャンプの主題聖句だった。「主と出会う」これを確かなものにしようではないか。




















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by oume-akebono | 2017-08-06 14:06 | 週報メッセージ

Akebono CS Summer Camp 2017

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心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。
すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
自分を見て賢いと思ってはならない、主を恐れて、悪を離れよ。
そうすれば、あなたの身を健やかにし、あなたの骨に元気を与える。

箴言 3章5~8節


7月27~29日の3日間は、小学科のサマーキャンプが行われました。
通いのデイキャンプですが、5,6年生は、2~3日目はスタッフと一緒に園舎にお泊まりして、楽しい夜を過ごします。
恒例の2日目の水遊びは、サマーキャンプ一番のお楽しみ!
楽しく遊び、力一杯賛美して、神様の愛を全身で受け取りました。
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8月3~4日は、中高科のサマーキャンプが行われました。
参加者全員がスタッフと共に園舎に泊まります。
食事も自分たちで作りました。夕ご飯は、バーベキュー!
心を開いて恵み深い神様を知る2日間でした。
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今年は、CSの教師とサポートの青年・女性会がおそろいのT-shirtで、
子ども達とイエス様との出会いを盛り上げました。

賛美。祈り。分かち合い。
今年のキャンプも豊かな恵みで祝福してくださった神様に感謝!

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by oume-akebono | 2017-08-05 20:50 | CS(教会学校)便り