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3月2日 罪からの解放 

(ガラテヤ5:24) 大谷 唯信 牧師

「キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。」

ここにアダム以来の罪から全人類が解放され勝利の日々を送る事ができる道が示されている。アダムとは人間という事である。つまり人類最初の人間と言う事なのだ。よく「アダムが罪を犯したからと言って、どうして現代の私達がそれを負わなければならないのですか。私とは全然関係のない事でしょう」と言われる事がある。

それは私達も人間である以上、親から生まれ、その親も親から生まれと辿っていくと最初の人間に辿りつく。聖書はすべての人間はアダムから生まれ、その罪を本人は気づかなくともDNAとして受け継いでいると語っているのだ。その証拠に誰もが神を知らず、自己中心の心に支配されているではないか。

これを聖書は「肉」と言い、法律にはかからないとしても神の前には罪なのである。その肉の働きとは「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、宴楽、およびそのたぐいである」(ガラテヤ5:19~20)と述べている。

どうであろう。あなたには関係ない事であろうか。今や現代社会はこの「肉の働き」で苦しんでいるのではなかろうか。「義人はいない、ひとりもいない。すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている」(ロマ3:10~12)。しかし神は救いを与えて下さった。神の命によって御霊の実、「愛、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」を与えて下さるのである。イエスの十字架を信ずる者に与えられる神の恵みなのである。
by oume-akebono | 2008-03-08 16:56 | 週報メッセージ