11月11日 実は見えていない

ルカ23:34  大谷 唯信 牧師

「イエスは言われた、
『父よ、彼らをお許し下さい、彼らは何をしているか、わからずにいるのです』」


 この世は常に暗黒である、どんなに高い理想がかかげられ、人類愛が語られても、罪が支配するエゴからは抜け出す事はできない。凶悪は事件が毎日のように起き、新聞、テレビではこの世の識者たる人達がここぞとばかし、社会を憂い、断罪し、分析、批判し声高らかに犯人探しをしている。

結局は社会、政治、行政、教育等の有り方が問題だとして熱く語られ、その繰り返しでしかない。今や国民全体が社会悪をみつめ正義の評論家になってはいないだろうか。
ここで私達はしっかりしなければならないと思う。これらは決して社会の問題でも教育の問題でもない。即ち、人間の問題なのだ。人間、個々の罪の問題である。
私の事でありあなたの事なのだ。またもや私達はイエスを十字架にかけた人々と同じく自分以外の他を非難する事によって自分に対しては盲目になっているのではなかろうか。

私もあなたも盲目で見えず、自覚が無いまま、罪というガンを宣告されていると言うのに。
社会は何故こんなに悪いのか、それは社会を見なくても自分の内面を正直に見ればわかるではないか。聖書は語る、「義人はいない、ひとりもいない。すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている」(ローマ3:10-12)と。

冒頭のイエスの言葉を聞こう。
この十字架の極刑は本来、私の受けるべき姿なのだ。しかしそれが見えない。
罪が目を覆っているからである。
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by oume-akebono | 2007-11-11 18:02 | 週報メッセージ