8月12日 魂が砕かれるために

(コロサイ人への手紙 3章1節)      大谷唯信牧師



「…あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。…上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない。」



神は私たちが日々新しく造られる事を、願っておられる。神はそれがお出来になる御方である。しかし、神は一方的にそれをなす事はされない。私たちの協力を必要とされている。それは私たちの思う「思い」なのである。すべての行動は、行動を起こす前のこの「思い」から出て来るからである。私たちは常に変化する現実の中で、いろいろな思いが絶えず出て来る。ここで大切な事は、良きにつけ悪しきにつけ、その中のどの思いを選び取るかによって、自分の行動が全く違ってくるという事だ。



そこで御言葉は語るのである。「あなたがたはキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない」と。初めは「そう言われても、地上のものに心を引かれてしまう」との思いも出てくるだろう。だからこそ、それ以上に上にあるものを求め、上にあるもの、その時心の内に示されているものを思い続けるのだ。必要に応じて御言葉を味わい、集中して思い続ける。忙しく動き回るのでなく、心を静め御言葉に深く沈み込み、御言葉が自分の思いと一つになるまで思い続けるのである。



「信じなさい」「託しなさい」「愛しなさい」等の御言葉に接し、自分の課題として示されたならば、読み流してしまうのではなく、御言葉を通し自分の内面を深く吟味するのだ。足りないところを突き示されたならそれを直視し、自分ではどうにもならないと観念して、あの放蕩息子のように、「私はここで死のうとしている。父よ許してください。」と上を仰いで悔い改め、十字架の主にそのまま全託するのである。



主の前に砕かれることである。主に委ねて、主に従う決意を新たにした時、ご聖霊が助け満たし平安に変えて下さるのである。反省して自分で何とかするのではない。主の前で砕かれるのだ。自己破産して主に任せるのである。





























by oume-akebono | 2018-08-13 01:17 | 週報メッセージ