8月5日 私達はできる!

(申命記 30章14節)        大谷唯信牧師



「この言葉はあなたに、はなはだ近くにあってあなたの口にあり、またあなたの心にあるから、あなたはこれを行うことができる。」



「この言葉」とは神の言葉であり、十字架の言(Ⅰコリント1:16)である。しかも、私達に対する神の約束の言葉である。私達は常に礼拝において、また聖書を読むごとに御言葉を聞いている。しかし、読み聞くだけでは何も変わらない。まさにこれは肉的な領域ではなく、霊的領域の出来事なのだ。理解し納得で止まっている人は多い。それは絵に描いた餅となり、花で言えば造花に過ぎない。どんなものでも知識や文字となったとき、そうなってしまう。



霊の領域で受け取るには、その御言葉を信ずる信仰で受けるなら、生きた命が吹き込まれるのである。多くの連盟の諸教会が成長しない原因は、知識、理解、納得で止まっているからだ。実に美事な学識をもって語り理解し論じても、自分なりの肉の領域の出来事になっている。それをニコデモ信者と言う。



イエスは「わたしはいのちのパン、わたしを食べよ」とまで言われた。どんなに素晴らしい料理でも、レシピだけ読んで分かっても、実際に食べなければ餓死するのだ。これは理屈ではなく真実であろう。しかし信仰の出来事となると、この区別がつきにくい。肉なる自我と霊なる神我(霊の人)の区別がつかないのである。



「もし、御言葉がはなはだ近く()にあって心()にあるなら、あなたはこれを行うことができる」。「心で信じて義とされ、口で告白して救われる」(ロマ10:10)にも通じる言葉だ。「私にはできない、無理!」と思い、口にした瞬間、あなたは負けである。人は自分で語る言葉や思いに支配されるからだ。失敗を語れば失敗、不安を口にすれば不安に支配される。だから御言葉を信じて祈り、祈っては信じる。すると弱い自分が見えてくる。それが霊への入口となる。御霊に頼れ。「御霊もまた同じように弱いわたし達を助けて下さる」。とりなして下さるのだ。御霊はあなたを助けたいのである。






≪≪ 私たちを構成する4つの領域のイメージ  ≫≫


       ① 頭 (知識)     |   ② 心 (感情)/魂(良心)


③ からだ(健康)   |   ④ 魂 (霊)  




















by oume-akebono | 2018-08-05 13:11 | 週報メッセージ