7月8日 愛と赦しは成長の力

(エペソ人への手紙 4章15節)        大谷唯信牧師



「わたしたちは愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。」



放蕩息子の兄は完全なまでに父に忠実に仕え模範的な青年でした。しかし、弟が戻り歓迎されているのを見て腹を立て、家に入ることさえできなかったのです。人が心から謙遜になるのは難しいのです。努力している人ほど難しい。頑張るその自意識の中におごりが入り込むからです。しかも本人はそのおごりには全く気がつかず、自分の謙遜にはしっかりと意識します。努力で頑張っているからでしょう。すると人の高慢さが気になり、許せなくなったりするのです。「私はこんなに謙遜になっているのに、あなたは・・・」のパターンです。



本来、謙遜は自分の謙遜を知りません。むしろ自分の未熟さ、高慢さに痛みを覚え、他を批判するどころか自分の他への申し訳なさでいっぱいです。努力は努力でよいのですが知識と同じく高慢になります。自分の罪深さに心砕けた人のみに開かれる世界なのです。本心に立ち返った放蕩息子は自我を砕かれました。



「父よ、私は天に対しても、あなたに向かっても、罪を犯しました、生意気でした、甘えていました」と心底気づいたのです。自己中心の心が砕かれると見栄、プライド、照れ、恥ずかしさ、弱いとか強いとかのこだわりも吹き飛びます。ただ、申し訳なさと感謝とそれでも生かされている喜びと感動が自然に湧き起こるのです。自我が砕かれた本心の姿がこれです。



誰でもこの砕かれた経験、理屈抜きの心の経験をしなければ本当の自分の人生は深まりません。頭ではなく、霊の心で信じイエスを迎え、キリストと共に十字架に死に主と共に生きる信仰に立つことです。



今は御聖霊の時代です。聖霊が慰め、力を与え支えます。聖霊への信仰をしっかり持ちましょう。御言葉には聖霊が満ちています。「互いにしのび合い、もし責むべきことがあれば許し合いなさい。」これが教会に満ちる時、教会は豊かな成長の恵みを賜り、さらに大いなる道が開かれることでしょう。
























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by oume-akebono | 2018-07-08 17:45 | 週報メッセージ