5月20日 聖霊が内なる霊を生かす

(使徒行伝 2章 1~4節)        大谷唯信牧師



「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。」



この世は神の霊的命から離れ、自己中心の肉的命の世界に落ちてしまった。それは自分が意識するしないにかかわらず、神の支配を退け、罪の支配に身を委ねてしまった事から始まったのです。本来の霊なる命が絶たれ、この世は心の満たしを求めつつも、子どもが甘い物を欲しがるように、肉の物だけで喜びや自己実現を得るようになりました。



聖書に「女がその木を見ると、それは食べるによく、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ」とあります。(創世記36)。神に反逆し、サタンの誘惑に従った瞬間でした。これが人間の罪(エゴ)の原点であり、この世のすべての罪の原点です。神の命である霊性を失い、肉のみで生きるようになってしまった結果です。



神は啓示により、聖書をこの世に与えて下さいました。聖書は救い主イエス・キリストを示し、イエス・キリストは神を示して下さったのです。そしてそれを現実の事として受け取れるように聖霊を注ぎ、信ずる者の目を開いて下さいました。神は初め天地創造の中に、ご自身を現わし、次に聖書(律法)の中に、そしてイエスの中に、最後に聖霊の中にご自身を御臨在として現わし、現在は教会の中に時空を超え、常に今の出来事として私たちの内に働き続けておられるのです。



私達が受けたバプテスマは、「わたしはキリストと共に十字架につけられた」即ち「わたしはキリストと共に十字架で死んだ」そして「生きているのはもはやわたしではない、キリストがわたしのうちに生きている」(ガラテヤ人への手紙219-20)との信仰告白です。更に深めるためには、常にそれを意識し、意識し続けることです。頭の理解での納得に留まっていては力になりません。「ローマ人への手紙98-13」の御言葉は助けになるでしょう。聖霊は十字架で自我を砕き、内なる人を生かして下さいます。




























[PR]
by oume-akebono | 2018-05-20 15:23 | 週報メッセージ