1月28日 霊性の深まりを求めて

(ガラテヤ人への手紙 6章7~8節)       大谷唯信牧師



「人は自分のまいたものを刈り取るようになる。即ち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は霊から永遠のいのちを刈り取るであろう」



私達、あけぼのキリスト教会は現在、神のあわれみと恵みによって大きな霊的な祝福が与えられています。「わたしの名によって二人または三人が、集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、即ち、わたしにしたのである」(マタイ25:40)と主は言われました。



私達教会が祝福を受け神の御臨在に満ちた礼拝が与えられているのは、教会の中にこれらの御言葉を祈り実践しておられる「二人または三人」の方がおられると言う事です。何と感謝でしょうか。教会につながり祈りを共にして下さる方、「二人または三人」の方々の御陰で「良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」(マタイ25:21)と主は粒の小さな信仰を喜ばれる方です。その喜びが私達教会全体の恵みとして与えられているのです。



人ひとりの小さな働きが主に捧げられていく時、大きな恵みとして神は臨んで下さいます。「わたしの名によって集まる二人または三人」とは教会の事です。私達の働きが、決してわたし一人の個人プレーではなく、たとえ一人で行動している時も、常に教会の出来事、主と共にある出来事としての信仰(意識)に立つ時祝福されるのです。この二人、三人が段々と10人、20人…やがて全員になる事を主は願っています。



働きは一人ひとり異なるでしょう。大きい小さいもあるでしょう。大切な事は私達の生活のすべてが心を尽くして主を愛する心でされる事です。「あなた方のからだを聖なる供え物として献げよ。それが霊的な礼拝である」(ローマ12:1)。こうして先週までお話しした第四の霊の領域が深められ全体が霊的に成長するのです。互いのために祈り合いましょう。




























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by oume-akebono | 2018-01-28 16:00 | 週報メッセージ