10月28日 週報より

◆十月最後の礼拝となりました。もうすっかり秋ですね!お元気ですか。忙しい毎日をお過ごしでしょう。本日も心からの礼拝を皆さんと共にいたしましょう。神様からの恵みをたくさん受け取って下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、どなた様御一緒いたしましょう。良い交わりの時として下さい。

◆昼食後は各会の集いが開かれます。皆んなで良い会に建て上げていきましょう。

◆同時に本日は小羊会が開かれます。先生方も声をかけてあげて下さい。

◆クリスマス委員会が各会の集いの後にもたれます。

◆昨日は秋の「霊交会」が開かれ、特にセルグループをテーマにして学び実践し、次の目標を確認いたしました。

◆今週11月1日(木)は幼稚園の願書受付があり、翌日2日(金)には入園面接が行われます。一人でも多くの子供達があたえられるように、どうぞお祈り下さい。

◆昨日(10月27日)午後8時より執事会が開かれ、クリスマスに向けて予定の確認などが話し合われました。

◆教会の祈り課題を覚えて、日々お祈りください。

  ① 牧師の信仰、霊性、牧会力向上
  ② 互いに牧会し合うセルの充実
  ③ 皆が150人礼拝を信仰で観ること

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# by oume-akebono | 2007-10-28 13:49 | 報告

使徒行伝 4章13節                     大谷 唯信 牧師


「人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、
ただの人たちであることを知って、不思議に思った。」



あの弱かったペテロが驚くべき変身をとげた。
いつも失敗してイエスに叱られていたペテロ。常に熱心で思った事をすぐ口にし行動するが、良かれと思っての事が結果的には失敗となってしまう。「サタンよ退け!」とまでの叱責を受けたり、ユダの裏切りに激怒し、自分は忠誠を心から誓うのだがイエスに言われた通り、ユダと同じ道をたどってしまうのである。

どうしてこうなってしまうのであろうか。肉と霊の問題である。

イエスは霊の次元で語るのだがペテロは肉の次元でしかわからなかったのだ。どんなに熱心でも、心を込めても「肉に従う者は肉の事を思い、霊に従う者は霊の事を思う」(ローマ8:5)。また「肉の思いは死であるが、霊の思いはいのちと平安である」(ローマ8:6)の通りであった。ペテロはそれがわからなかったである。

しかし、約束通り聖霊が注がれた。神の霊のいのちが弟子達に注がれたのである。その瞬間から彼らは生きる者となったのだ。その記録が使徒行伝である。ペテロは主に変えられた。しかもこの聖霊は二千年を経た今も働いており。同じイエスを信じ聖霊を求める者にはすでに与えられているのである。

私達は肉を捨てイエスを信じ聖霊に従おうではないか。悪魔は私達の肉をつかみ支配しようと働きかけてくる。肉の働きは敵意、争い、分裂、分派に導く力であるから気をつけよう。肉は情と欲と共に十字架につけてしまおうではないか。(ガラテヤ5:24)
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# by oume-akebono | 2007-10-28 13:46 | 週報メッセージ

屋根のペンキ塗り

日曜日、秋、快晴・・・と来ればペンキ塗り!(誰が決めたの!?)

ということで(笑)21日の午後、教会屋根のペンキ塗りをしました!

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屋根に上れない他のみんなは、それぞれ付属幼稚園のトイレや、教会の台所、託児のお部屋などのお掃除!!



「よっちーーー!!」と大声で呼ぶと大きく手を上げてくれました。(十字架みたい♪)


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辺りが暗くなる頃、ペンキ塗りが終了。お疲れ様でした!
それにしても・・・青梅って山に囲まれていいところだなぁ!

教会、大好きだなぁ・・・。

どうぞみなさん、きれいになった教会へ足を運んで下さいね!


(T)
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# by oume-akebono | 2007-10-24 12:28 | 報告

10月21日 週報より

◆さわやかな秋になって参りました。お元気ですか。本日も共に集い礼拝を捧げられるこの恵みを感謝いたしましょう。又、お休みされている方のために覚えお祈り下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等どなた様も加わって下さい。良き交わりの時といたしましょう。

◆本日は相山愛実姉の御婚約者が御家族と共に礼拝に出席する予定です。どうぞお二人のために祝福をお祈り下さい。婚約式は来月18日、御相手の方の教会で行う予定です。

◆本日、大谷牧師は東京北キリスト教会にて行われます魯孝錬(ノ ヒョリャン)牧師、細井留美副牧師の按手式出席の予定です。

◆今週23日(火)午後6:30、大久保教会にて東京地方教会連合の委員会が開かれ、大谷牧師と相山(憲)執事が出席いたします。尚、今年の「連合の集い」は11月23日(金)常盤台教会で行われます。今から日程を取っておいて下さい。

◆渡辺暢雄先生の転籍願いが東京第一教会より来ております。本日礼拝後手続きを取りますので御協力下さい。

◆今週土曜日10月27日(土)、今年の秋の「霊交会」が午前10時~午後4時の予定で開かれます。ふるって御参加下さい。楽しい交わりと学びの時となるでしょう。

◆27日、午後8時より定例の執事会が開かれます。

◆次週、午後4時より青年礼拝が礼拝堂にて持たれます。青年の信仰の成長をお祈り下さい。
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# by oume-akebono | 2007-10-21 00:56 | 報告

ローマ人への手紙 7:24~25)  大谷唯信牧師

「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな


ここに啓示を得る一つの法則を見る。

心の中で戦う善と悪。「善をしようとする意思はあるのだが、それをする力がない」これは人間万人の持つ戦いではなかろうか。

「わたしの欲しない悪がこれを行い…」とパウロは自分の欲する意志とは関係なく、もっと強い悪の思いが働き自分を支配し、自分でもどうにもならない罪の働きを自分の中に見たのである。今迄の自分の華やかな人生も、深い学識や経験も、もはや何の役にも立たず、不安と恐れと絶望の闇に沈み込んでいく「死のからだ」になってしまっている自分を見た。否、示されたのだ。ダビデの言う「死の陰の谷」である。ここに神からの啓示、キリストとの出会いが与えられる法則を見るのである。

パウロはその瞬間に「私達のイエス・キリストによって、神は感謝すべきかな!」と叫んでいる。上からの啓示を得たのである。死に直結するほどの闇の中で示される啓示の法則である。イザヤも神の臨在に触れた時、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ」と叫んだ。罪の許しと神の問いに対して「ここにわたしがおります。わたしをおつかわし下さい」と神への応答の人生が始まるのである。能力でも知識でもない。啓示である。

長血の女も病の絶望があったからこそイエスに触れることができた。人々はどんなに押し寄せても触れてはいなかった。ただ自分に絶望した女だけが啓示(救い)を得たことを覚えよう。
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# by oume-akebono | 2007-10-21 00:51 | 週報メッセージ

10月14日週報より

◆10月ともなりますと肌寒くなって参りますね。
皆様お元気ですか。共に歓迎しあいましょう。
本日も心からの礼拝を捧げ神様からの祝福を沢山受け取りましょう。

◆本日の第一礼拝では、谷口圭太兄が証しをいたします。感謝いたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてお用い下さい。
互いに声をかけ合って下さい。

◆昼食後、本日は教会学校教師会が開かれます。先生方はお集まり下さい。

◆セル・リーダー会をいたします。

◆幼稚園では明日15日(月)入園願書配布を開始いたします。
皆様のお友達、近所の方々にもおすすめ下さい。

◆今週20日(土)礼拝堂屋根のペンキ塗りをいたします。御協力のできる方は望月兄まで。

◆水曜日の祈祷会に出席いたしましょう。
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# by oume-akebono | 2007-10-14 21:00 | 報告

ヨハネの第一の手紙 5:4 大谷 唯信 牧師

「世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか」


 特に「信じる」に注目したい。
知っている、理解しているではない。尊敬している、愛しているでもない。「信じる」である。
「者」とは「皆んな」とか「人々」ではなく、あなた自身である。この信じる信仰、即ち、イエスを神の子と信じる信仰を持てばあなたは世に勝つ勝利者となるとの神の約束である。

からし種一粒ほどの小さな信仰でもよいのだ。細い線でもつながっていれば電流が流れるように神の生命は確実に流れ込んでくる。「信じさせて下さい」と待っていて一向に信じない者がいる。私が学生の時にそうであった。「信じたい」の思いから「信じるべきだ」の思いに段々なっているのに、でも信じれないのだ。

人からではなく自分の事として、もう苦しくなるほど心に迫られているのに信じれない。
もう一つ何かあるのではないかと待っている・・・・つまり、もう少し待っていれば自然に信じれるようになるのではないかと思っていたのである。後で気がついた事だが「自然に信じれるようになる」とはもう少しすれば「自然にわかるようになる」事と思っていたのだ。

まだわからないのに「信じます」等と言えば、嘘になる、自分の心に嘘はつけないと思ったのであった。しかし間違っていた。これはわかって信ずるものではなかった。わからないから信じるのである。しかも信じるのは自然の流れでは来ない。自分の心で意思的決断をする事である。自分で決定する。心の冒険だ。
驚く事に信じてからいろいろな事がわかり、みえてくるのであった。

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# by oume-akebono | 2007-10-14 14:29 | 週報メッセージ

マルコによる福音書 11章23節       大谷唯信牧師

「神を信じなさい。誰でもこの山に、動き出して、海の中に入れと言い、その言った事は必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、その通りになるであろう。」 

山をも動かす信仰の力を主は語られた。心で疑わないで本当に信じるなら山も動くといわれるのだ。正に奇跡の信仰である。
私達の信ずる神は無から有を呼び出す創造の神である。それ故、私達も無から有を呼び出す信仰を持てと迫るのである。

神は全人類を救うために独り子イエスを遣わし、イエスから弟子達に、そしてイエスを信ずる者達に委ねられ、今や、この神の大事業が私達にも与えられているのである。
青梅あけぼの教会は神の歴史的御業の流れの中で建てられ現在、私達共々、神の恵みに与っているのである。

先週は私達の教会の母教会である大井バプテスト教会では大谷恵護牧師の退任感謝礼拝があった。私達の教会から30人も出席できた事は大変に良かったと思う。
戦後の焼野原からの無から出発した大井教会の歴史を観ると神の不思議な無から有を呼び出す御業を見る。この神の生命に触れてもらいたかったのだ。教会がどのような時に豊かに成長し、どのような時に力を失うのかも明確に見える会でもあった。

それだけに今月のバプテスト誌に載せた私達の教会の今年の祈りを記しておく。
 ①牧師の信仰・霊性・牧会力の向上。
 ②互いに牧会しあうセルの充実。
 ③みんなが150人礼拝を信仰で観れる事。
教会の力は「二三人わが名によりて集まる所に、我もその中にあるなり」という神の御臨在にあることを覚えよう。

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# by oume-akebono | 2007-10-07 17:40 | 週報メッセージ

10月7日週報より

◆10月を迎えました。美しい秋晴れ。すっかり秋ですね。いろいろ行事の多い時期でもあります。今日も心からの礼拝を捧げ、神様の祝福をいただきましょう。
◆本日は第二礼拝にて主の晩餐式があります。私たちの罪贖って下さるために十字架の苦しみを受けて下さいました。私たちは、イエス様の御血によって贖われた事を想い感謝してお受けいたしましょう。
◆礼拝の前後にコーヒー、昼食等は、良い交わりの時として御自由に御利用ください。
◆定例いずみ会が昼食後に開かれます。会員の方々は御出席お願いします。なお霊交会についての相談もあります。
◆幼稚園では10月15日(月)より入園願書の受付が始まります。覚えてお祈り下さい。
  10月9日(火)  公開保育
  10月10日(水) 保育参観

 詳しくは、あけぼの幼稚園(TEL0428-76-1577)相川まで
◆11日(木)午後3時より庶務部長と青私幼の園長との懇談会が開かれます(市役所)
◆託児の奉仕者のミーティングを開きます。関係者は集合してください。
◆祈祷会に出席しましょう。
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# by oume-akebono | 2007-10-07 17:18 | 報告

ゴスペルフラ!!

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9月30日―――第5日曜日。
昼食後に木下由美姉によるゴスペルフラダンスの講習会がありました。

今回は2度目。
第一礼拝で由美姉が証しとして踊ったフラダンスを教わりました。
英語と日本語両方の歌詞の、とてもスローな美しい(ちょっとメローな)旋律に合わせて
ゆっくり踊ります。(歌詞も素敵!「神の御翼の~~」というところ♪)

膝を曲げるのがポイントだとか。
難しいステップもあり・・・また手を足の動きを合わせるのも難しい・・・。
頭で考えてはダメなのですね~~。

でも一番大切なのは神様を賛美する気持ち!
とても楽しく、祝された講習会でした。

(T)
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# by oume-akebono | 2007-10-06 10:23 | 行事

9月30日週報より

◆九月最後の日曜となりました。厳しかった残暑からすっかり秋となった感じですがお元気ですか。本日も心からの礼拝を捧げましょう。互いに一人一人を歓迎いたしましょう。
◆第一礼拝では本日木下由美姉が証しをいたします。感謝ですね。お互いに主を証しする者になりましょう。
◆礼拝前後はコーヒータイムとして、自由にお交わり下さい。
◆本日は大井バプテスト教会にて、大谷恵護牧師の引退感謝礼拝が午後3時よりあります。車、電車でそれぞれ行きますが御一緒できる方は行きましょう。向こうでは有料駐車場になりますので分乗して行きます。御協力ください。
◆次週、託児の奉仕者のミーティングを開きます。関係者はお集まりください。
◆今週、6日(土)午後3時、定例執事会があります。
◆次週は定例いずみ会があります。
◆先週金曜日は青年の集いJWAVEが開かれ祝されました。尚、来週、7日(日-8日(月)は青年の集いとしてハイキング、食事等楽しい計画があります。
◆難波姉のお父様のためお祈り下さい。
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# by oume-akebono | 2007-10-06 08:47 | 報告

マルコ10:47~48  大谷 唯信 牧師

「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんで下さい」と叫びだした。多くの人々は彼を叱って黙らせようとしたが、彼はますます激しく叫びつづけた」

 
 現代人は心の奥にある魂からの叫びを忘れてしまっている。どんなに幸せな人間でも心の奥には満たされなかった暗い部分、言い知れぬ孤独感、不安、恐れがあるものである。
相手が心配してどんなに手をさしのべても届かない。自分でもよくわからない。
どうにもならない不安と恐れである。

しかし、大半の人は身のまわりの忙しさや楽しさで結構心のバランスを取る事を経験的に学んでいく。しかし解決はしていないのである。子どもの頃の一寸した両親の理解のない一言が心に突き刺さり痛みとなってその根源的な恐れと不安を拡げる場合もある。
勿論両親はそんな積もりもなく愛情いっぱいなのだ。

やがて年齢と共に成長し社会に出ていくのであるが問題は全く解決していないのである。
地下のマグマのようにいつ噴火するかわからない。不安があると理性というアスファルトで敷きつめた道路のように整備してしまう。一見きれいにはなるが何も解決はしていない。
根源的な魂の叫びを心の奥に封じ込んでしまっているのだ。
そのため社会や人に対する不平、不満に怒りは満ちる事になる。その根本が解決されていないからだ。

バルテマイはその解決を得たのである。盲人であり乞食であったがために幸いした。
自分に絶望したからこそ無我夢中でイエスに向かって魂の叫びを叫び続けることができたのであった。

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# by oume-akebono | 2007-09-30 18:56 | 週報メッセージ

(コロサイ人への手紙3:1~2)  大谷 唯信 牧師

「あなた方はキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない」


神は私たちが日々新しく造られる事を願っておられる。
神はそれがお出来になる御方である。
しかし神は一方的にそれをなす事はなされない。私達の協力を必要とされるのだ。
それは私達の思う「思い」なのである。
すべての行動は行動を起こす前のこの「思い」から出てくるからである。

私達は常に変化する現実の中でいろいろな思いが絶えず出てくる。ここで大切な事は良きにつけ悪しきにつけ、その内のどの思いを選び取るかによって自分の行動が全くちがってくると言う事だ。そこで御言葉は語るのである。
「あなたがたはキリストと共によみがえられたのだから、上にあるものを思うべきであって地上のものに心を引かれてはならない」と。

初めは「そう言われても地上のものに心をひかれてしまう」との思いも出てくるだろう。
だからこそ、それ以上に上にあるものを求め、上にあるものを思い続けるのである。
時には必要に応じて御言葉を味わい、集中して思い続けるのだ。
忙しく動きまわるのではなく心を静め御言葉に深く沈み込み御言葉が自分の思いと一つになるまで思い続けるのである。

そうすれば御聖霊が助けて下さる。思いを清め強め確信と平安で満たして下さる。
これがクリスチャンの特権である。
「あなたがたはキリストと共によみがえられたのだから」である。

十字架のキリストが私達と共によみがえり、古き人を捨て、造り主のかたちに従って新しくして下さるのである。思いをサタンに奪われてはならない。

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# by oume-akebono | 2007-09-23 18:27 | 週報メッセージ

(Ⅱコリント4:4) 大谷 唯信 牧師

「この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。」

人間の「思い」がサタンによってくらまされてしまった。
「思い」とは人間の知識、考え、気持ち等すべてを含む「思い」である。

人へのサタンの誘惑はアダム以来、思いに向けられている。
本来、思いは創造主なる神を中心として働いていたがサタンの誘惑により神を離れ思いをくらませられて以来、すべての人間は神の真実が見えなくなってしまった。
しかもサタンの思いに従うほうが同調しやすくなっているのが現状である。

さらに今や神を離れ自己を中心とした思いがごく自然の思いをなっている。
神を受け入れ神の御心に従うほうが不自然であり違和感を感じる思いになってしまっているのである。それほど私達は罪の世界に慣れ親しんでしまっていると言える。
これを聖書は「すべての人は罪を犯したため、神の栄光が受けられなくなっており」と語っているのだ。

ではどうすれば救われるのか。
それは難しいものではない。自分の罪を悔い改めてイエスを救い主として信じ、イエスの名によってバプテスマを受けることである。そうすれば聖霊が注がれ神の生命を注いで下さるのである(使徒2:38)。
救いは信じる信仰によって一瞬にして救われる。内面の生命は即座に救われるのだ。
しかし、ここで大切な問題がある。これを理解していないために多くのクリスチャンの成長が阻まれている。それは「思い」である。

「思い」が旧態依然として古いままなのである。「思い」は常に御言葉と御霊によって新しく造りかえられなければならないのである。

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# by oume-akebono | 2007-09-16 16:33 | 週報メッセージ

9月9日 神の選び

(ヨハネ15:16) 大谷 唯信 牧師

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実を結び、その実がいつまでも残るためである」


 私達が今ここにいるのは「神の選び」によるものと主は言われる。
これは今という時に中々わからないものだ。自分の思いで来ていると思うし、たまたま友人に誘われて等と思うからである。

しかし、主の選びはそれら一切を含め、同時にそれら一切を超えて神の選びによって導かれていく。勿論その一つ一つの出来事の中では自分の意思的決断に切り替えられた時、神の選びとしての上からの力が一層注がれて確実なものとなっていくのである。
すべてが信仰の出来事、神との出来事としてである。

神は私達の意志を無視する事はなさらない。何故なら自分の意思は他に譲ってはならない主体性として神が与えて下さったものだからである。その自分の意思によって信仰による決断がなされた時、神の喜びは天を揺るがすほどのものとなる。
信仰による決断は自分の力を見ての可能性ではなく、むしろ自分の無力を知り神のあわれみにすがりつつ自分の思いを御言葉になぞらわせていくことにある。

あわれみにすがる等と言うと何か心にひっかかる方もいると思う。
本日調布教会に牧師として就任する信道牧師は30数年前、母の胎に入った時、母は重病であり子供をあきらめなければ生命の保障はないとの医師の通達。その中での「産みます」との決断は何の保障もない。ただ神のあわれみにすがる他なかったのである。
それが今日と言うその子の牧師就任式を誰が予想したであろうか。
新ためてこの日この御言葉が響いてくるのである。

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# by oume-akebono | 2007-09-09 00:00 | 週報メッセージ