ローマ人への手紙 7:24~25)  大谷唯信牧師

「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな


ここに啓示を得る一つの法則を見る。

心の中で戦う善と悪。「善をしようとする意思はあるのだが、それをする力がない」これは人間万人の持つ戦いではなかろうか。

「わたしの欲しない悪がこれを行い…」とパウロは自分の欲する意志とは関係なく、もっと強い悪の思いが働き自分を支配し、自分でもどうにもならない罪の働きを自分の中に見たのである。今迄の自分の華やかな人生も、深い学識や経験も、もはや何の役にも立たず、不安と恐れと絶望の闇に沈み込んでいく「死のからだ」になってしまっている自分を見た。否、示されたのだ。ダビデの言う「死の陰の谷」である。ここに神からの啓示、キリストとの出会いが与えられる法則を見るのである。

パウロはその瞬間に「私達のイエス・キリストによって、神は感謝すべきかな!」と叫んでいる。上からの啓示を得たのである。死に直結するほどの闇の中で示される啓示の法則である。イザヤも神の臨在に触れた時、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ」と叫んだ。罪の許しと神の問いに対して「ここにわたしがおります。わたしをおつかわし下さい」と神への応答の人生が始まるのである。能力でも知識でもない。啓示である。

長血の女も病の絶望があったからこそイエスに触れることができた。人々はどんなに押し寄せても触れてはいなかった。ただ自分に絶望した女だけが啓示(救い)を得たことを覚えよう。
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# by oume-akebono | 2007-10-21 00:51 | 週報メッセージ

10月14日週報より

◆10月ともなりますと肌寒くなって参りますね。
皆様お元気ですか。共に歓迎しあいましょう。
本日も心からの礼拝を捧げ神様からの祝福を沢山受け取りましょう。

◆本日の第一礼拝では、谷口圭太兄が証しをいたします。感謝いたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてお用い下さい。
互いに声をかけ合って下さい。

◆昼食後、本日は教会学校教師会が開かれます。先生方はお集まり下さい。

◆セル・リーダー会をいたします。

◆幼稚園では明日15日(月)入園願書配布を開始いたします。
皆様のお友達、近所の方々にもおすすめ下さい。

◆今週20日(土)礼拝堂屋根のペンキ塗りをいたします。御協力のできる方は望月兄まで。

◆水曜日の祈祷会に出席いたしましょう。
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# by oume-akebono | 2007-10-14 21:00 | 報告

ヨハネの第一の手紙 5:4 大谷 唯信 牧師

「世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか」


 特に「信じる」に注目したい。
知っている、理解しているではない。尊敬している、愛しているでもない。「信じる」である。
「者」とは「皆んな」とか「人々」ではなく、あなた自身である。この信じる信仰、即ち、イエスを神の子と信じる信仰を持てばあなたは世に勝つ勝利者となるとの神の約束である。

からし種一粒ほどの小さな信仰でもよいのだ。細い線でもつながっていれば電流が流れるように神の生命は確実に流れ込んでくる。「信じさせて下さい」と待っていて一向に信じない者がいる。私が学生の時にそうであった。「信じたい」の思いから「信じるべきだ」の思いに段々なっているのに、でも信じれないのだ。

人からではなく自分の事として、もう苦しくなるほど心に迫られているのに信じれない。
もう一つ何かあるのではないかと待っている・・・・つまり、もう少し待っていれば自然に信じれるようになるのではないかと思っていたのである。後で気がついた事だが「自然に信じれるようになる」とはもう少しすれば「自然にわかるようになる」事と思っていたのだ。

まだわからないのに「信じます」等と言えば、嘘になる、自分の心に嘘はつけないと思ったのであった。しかし間違っていた。これはわかって信ずるものではなかった。わからないから信じるのである。しかも信じるのは自然の流れでは来ない。自分の心で意思的決断をする事である。自分で決定する。心の冒険だ。
驚く事に信じてからいろいろな事がわかり、みえてくるのであった。

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# by oume-akebono | 2007-10-14 14:29 | 週報メッセージ

マルコによる福音書 11章23節       大谷唯信牧師

「神を信じなさい。誰でもこの山に、動き出して、海の中に入れと言い、その言った事は必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、その通りになるであろう。」 

山をも動かす信仰の力を主は語られた。心で疑わないで本当に信じるなら山も動くといわれるのだ。正に奇跡の信仰である。
私達の信ずる神は無から有を呼び出す創造の神である。それ故、私達も無から有を呼び出す信仰を持てと迫るのである。

神は全人類を救うために独り子イエスを遣わし、イエスから弟子達に、そしてイエスを信ずる者達に委ねられ、今や、この神の大事業が私達にも与えられているのである。
青梅あけぼの教会は神の歴史的御業の流れの中で建てられ現在、私達共々、神の恵みに与っているのである。

先週は私達の教会の母教会である大井バプテスト教会では大谷恵護牧師の退任感謝礼拝があった。私達の教会から30人も出席できた事は大変に良かったと思う。
戦後の焼野原からの無から出発した大井教会の歴史を観ると神の不思議な無から有を呼び出す御業を見る。この神の生命に触れてもらいたかったのだ。教会がどのような時に豊かに成長し、どのような時に力を失うのかも明確に見える会でもあった。

それだけに今月のバプテスト誌に載せた私達の教会の今年の祈りを記しておく。
 ①牧師の信仰・霊性・牧会力の向上。
 ②互いに牧会しあうセルの充実。
 ③みんなが150人礼拝を信仰で観れる事。
教会の力は「二三人わが名によりて集まる所に、我もその中にあるなり」という神の御臨在にあることを覚えよう。

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# by oume-akebono | 2007-10-07 17:40 | 週報メッセージ

10月7日週報より

◆10月を迎えました。美しい秋晴れ。すっかり秋ですね。いろいろ行事の多い時期でもあります。今日も心からの礼拝を捧げ、神様の祝福をいただきましょう。
◆本日は第二礼拝にて主の晩餐式があります。私たちの罪贖って下さるために十字架の苦しみを受けて下さいました。私たちは、イエス様の御血によって贖われた事を想い感謝してお受けいたしましょう。
◆礼拝の前後にコーヒー、昼食等は、良い交わりの時として御自由に御利用ください。
◆定例いずみ会が昼食後に開かれます。会員の方々は御出席お願いします。なお霊交会についての相談もあります。
◆幼稚園では10月15日(月)より入園願書の受付が始まります。覚えてお祈り下さい。
  10月9日(火)  公開保育
  10月10日(水) 保育参観

 詳しくは、あけぼの幼稚園(TEL0428-76-1577)相川まで
◆11日(木)午後3時より庶務部長と青私幼の園長との懇談会が開かれます(市役所)
◆託児の奉仕者のミーティングを開きます。関係者は集合してください。
◆祈祷会に出席しましょう。
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# by oume-akebono | 2007-10-07 17:18 | 報告

ゴスペルフラ!!

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9月30日―――第5日曜日。
昼食後に木下由美姉によるゴスペルフラダンスの講習会がありました。

今回は2度目。
第一礼拝で由美姉が証しとして踊ったフラダンスを教わりました。
英語と日本語両方の歌詞の、とてもスローな美しい(ちょっとメローな)旋律に合わせて
ゆっくり踊ります。(歌詞も素敵!「神の御翼の~~」というところ♪)

膝を曲げるのがポイントだとか。
難しいステップもあり・・・また手を足の動きを合わせるのも難しい・・・。
頭で考えてはダメなのですね~~。

でも一番大切なのは神様を賛美する気持ち!
とても楽しく、祝された講習会でした。

(T)
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# by oume-akebono | 2007-10-06 10:23 | 行事

9月30日週報より

◆九月最後の日曜となりました。厳しかった残暑からすっかり秋となった感じですがお元気ですか。本日も心からの礼拝を捧げましょう。互いに一人一人を歓迎いたしましょう。
◆第一礼拝では本日木下由美姉が証しをいたします。感謝ですね。お互いに主を証しする者になりましょう。
◆礼拝前後はコーヒータイムとして、自由にお交わり下さい。
◆本日は大井バプテスト教会にて、大谷恵護牧師の引退感謝礼拝が午後3時よりあります。車、電車でそれぞれ行きますが御一緒できる方は行きましょう。向こうでは有料駐車場になりますので分乗して行きます。御協力ください。
◆次週、託児の奉仕者のミーティングを開きます。関係者はお集まりください。
◆今週、6日(土)午後3時、定例執事会があります。
◆次週は定例いずみ会があります。
◆先週金曜日は青年の集いJWAVEが開かれ祝されました。尚、来週、7日(日-8日(月)は青年の集いとしてハイキング、食事等楽しい計画があります。
◆難波姉のお父様のためお祈り下さい。
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# by oume-akebono | 2007-10-06 08:47 | 報告

マルコ10:47~48  大谷 唯信 牧師

「ダビデの子イエスよ、わたしをあわれんで下さい」と叫びだした。多くの人々は彼を叱って黙らせようとしたが、彼はますます激しく叫びつづけた」

 
 現代人は心の奥にある魂からの叫びを忘れてしまっている。どんなに幸せな人間でも心の奥には満たされなかった暗い部分、言い知れぬ孤独感、不安、恐れがあるものである。
相手が心配してどんなに手をさしのべても届かない。自分でもよくわからない。
どうにもならない不安と恐れである。

しかし、大半の人は身のまわりの忙しさや楽しさで結構心のバランスを取る事を経験的に学んでいく。しかし解決はしていないのである。子どもの頃の一寸した両親の理解のない一言が心に突き刺さり痛みとなってその根源的な恐れと不安を拡げる場合もある。
勿論両親はそんな積もりもなく愛情いっぱいなのだ。

やがて年齢と共に成長し社会に出ていくのであるが問題は全く解決していないのである。
地下のマグマのようにいつ噴火するかわからない。不安があると理性というアスファルトで敷きつめた道路のように整備してしまう。一見きれいにはなるが何も解決はしていない。
根源的な魂の叫びを心の奥に封じ込んでしまっているのだ。
そのため社会や人に対する不平、不満に怒りは満ちる事になる。その根本が解決されていないからだ。

バルテマイはその解決を得たのである。盲人であり乞食であったがために幸いした。
自分に絶望したからこそ無我夢中でイエスに向かって魂の叫びを叫び続けることができたのであった。

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# by oume-akebono | 2007-09-30 18:56 | 週報メッセージ

(コロサイ人への手紙3:1~2)  大谷 唯信 牧師

「あなた方はキリストと共によみがえらされたのだから、上にあるものを求めなさい。上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を引かれてはならない」


神は私たちが日々新しく造られる事を願っておられる。
神はそれがお出来になる御方である。
しかし神は一方的にそれをなす事はなされない。私達の協力を必要とされるのだ。
それは私達の思う「思い」なのである。
すべての行動は行動を起こす前のこの「思い」から出てくるからである。

私達は常に変化する現実の中でいろいろな思いが絶えず出てくる。ここで大切な事は良きにつけ悪しきにつけ、その内のどの思いを選び取るかによって自分の行動が全くちがってくると言う事だ。そこで御言葉は語るのである。
「あなたがたはキリストと共によみがえられたのだから、上にあるものを思うべきであって地上のものに心を引かれてはならない」と。

初めは「そう言われても地上のものに心をひかれてしまう」との思いも出てくるだろう。
だからこそ、それ以上に上にあるものを求め、上にあるものを思い続けるのである。
時には必要に応じて御言葉を味わい、集中して思い続けるのだ。
忙しく動きまわるのではなく心を静め御言葉に深く沈み込み御言葉が自分の思いと一つになるまで思い続けるのである。

そうすれば御聖霊が助けて下さる。思いを清め強め確信と平安で満たして下さる。
これがクリスチャンの特権である。
「あなたがたはキリストと共によみがえられたのだから」である。

十字架のキリストが私達と共によみがえり、古き人を捨て、造り主のかたちに従って新しくして下さるのである。思いをサタンに奪われてはならない。

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# by oume-akebono | 2007-09-23 18:27 | 週報メッセージ

(Ⅱコリント4:4) 大谷 唯信 牧師

「この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。」

人間の「思い」がサタンによってくらまされてしまった。
「思い」とは人間の知識、考え、気持ち等すべてを含む「思い」である。

人へのサタンの誘惑はアダム以来、思いに向けられている。
本来、思いは創造主なる神を中心として働いていたがサタンの誘惑により神を離れ思いをくらませられて以来、すべての人間は神の真実が見えなくなってしまった。
しかもサタンの思いに従うほうが同調しやすくなっているのが現状である。

さらに今や神を離れ自己を中心とした思いがごく自然の思いをなっている。
神を受け入れ神の御心に従うほうが不自然であり違和感を感じる思いになってしまっているのである。それほど私達は罪の世界に慣れ親しんでしまっていると言える。
これを聖書は「すべての人は罪を犯したため、神の栄光が受けられなくなっており」と語っているのだ。

ではどうすれば救われるのか。
それは難しいものではない。自分の罪を悔い改めてイエスを救い主として信じ、イエスの名によってバプテスマを受けることである。そうすれば聖霊が注がれ神の生命を注いで下さるのである(使徒2:38)。
救いは信じる信仰によって一瞬にして救われる。内面の生命は即座に救われるのだ。
しかし、ここで大切な問題がある。これを理解していないために多くのクリスチャンの成長が阻まれている。それは「思い」である。

「思い」が旧態依然として古いままなのである。「思い」は常に御言葉と御霊によって新しく造りかえられなければならないのである。

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# by oume-akebono | 2007-09-16 16:33 | 週報メッセージ

9月9日 神の選び

(ヨハネ15:16) 大谷 唯信 牧師

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実を結び、その実がいつまでも残るためである」


 私達が今ここにいるのは「神の選び」によるものと主は言われる。
これは今という時に中々わからないものだ。自分の思いで来ていると思うし、たまたま友人に誘われて等と思うからである。

しかし、主の選びはそれら一切を含め、同時にそれら一切を超えて神の選びによって導かれていく。勿論その一つ一つの出来事の中では自分の意思的決断に切り替えられた時、神の選びとしての上からの力が一層注がれて確実なものとなっていくのである。
すべてが信仰の出来事、神との出来事としてである。

神は私達の意志を無視する事はなさらない。何故なら自分の意思は他に譲ってはならない主体性として神が与えて下さったものだからである。その自分の意思によって信仰による決断がなされた時、神の喜びは天を揺るがすほどのものとなる。
信仰による決断は自分の力を見ての可能性ではなく、むしろ自分の無力を知り神のあわれみにすがりつつ自分の思いを御言葉になぞらわせていくことにある。

あわれみにすがる等と言うと何か心にひっかかる方もいると思う。
本日調布教会に牧師として就任する信道牧師は30数年前、母の胎に入った時、母は重病であり子供をあきらめなければ生命の保障はないとの医師の通達。その中での「産みます」との決断は何の保障もない。ただ神のあわれみにすがる他なかったのである。
それが今日と言うその子の牧師就任式を誰が予想したであろうか。
新ためてこの日この御言葉が響いてくるのである。

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# by oume-akebono | 2007-09-09 00:00 | 週報メッセージ

(ローマ人への手紙12:2)  大谷 唯信 牧師

「むしろ、心を新たにすることによって造りかえられ、」

 「心を新たに」と言ってもどういう事なのか漠然としている。
この場合、心とは「思い」(考え、気持ち、等の意味を含む)である。
「考え」となると単なる知識となりやすい。「気持ち」となると感情的、情緒的になりやすい。

「思い」は外から来るあらゆる知識、状況や内から来る感情等すべてを統合しての思いである。
即ち、御言葉や教理を頭だけで知識として理解しているのではなく、又、感情的にエキサイトして異様に興奮を求めたり、又、逆に落ち込んでしまって無気力なまま暗い中を漂っているのでもない。

これらのあらゆるものを心で受けとめて、それによって自分の中から起るいろいろな思いの中からどれを自分の思いとするかを判断し造り出す事である。

何もかも流れにまかせて自分を手放してしまうのは危険である。思いは他人まかせではなく自分で選び自分で持つのである。思いは自分で支配しなければいけない。そのように神様からまかされているからである。

神に委ねると言う事は自分を手放して受身になる事ではない。思いは自分の主体性で自分の意志的決断をもって選び取り方向を決め自分の「思い」とし、それをしっかりと握りしめることが大切なのだ。

しかし、どんなに救われて内なるものは新しくされても自分の「思い」が一向に変わらず昔のままであるならば内なら生命は外に出ることが出来ず旧態依然とした肉もの行動パターンが出る事になる。
「思い」は常に御言葉に立ち、何が神の御旨であるか、何が善で神に喜ばれるか吟味し御言葉に立つ思いになった時、神の力が発揮されるのである。

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# by oume-akebono | 2007-09-02 01:00 | 週報メッセージ

はじめまして!


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                    牧師 大谷 唯信



「あなたがたは世の光である」  (聖書)

花は光を求め、光の方を向こうとしています。
命が求めているからです。光を得られないと、十分な成長はできません。
私たちも同じです。光を得ると、人は輝き出します。


あなたは輝いていますか?
あなたは充実していますか?
戸を閉めきった中で、暗さを嘆きながら生活しているようなことなないでしょうか。
そして、こんな事を思ったことはありませんか?


「もっと自分を自分らしく発揮したい」
「本当に自分って何だろう?」
「もっとちがった生き方があるはずだ!」


教会は自分を発見する場、生き方を学ぶ場です。
クリスチャンだけが集まる所ではありません。
人間としてさらに成長し、本来の豊かな自分になりたい方に最高の場です。


どうぞ私たちの青梅あけぼのキリスト教会においで下さい。
共に自分らしく輝こうではありませんか。
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# by oume-akebono | 2007-09-01 02:00 | 牧師ご挨拶

地図 ~ACCESS~

教会への地図です。

JR青梅線日向和田駅下車(JR立川駅から約40分)

徒歩5分。紅梅苑となり。

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# by oume-akebono | 2007-09-01 01:00 | 地図