受難日礼拝

受難週を迎えました。
罪人であるわたし達を神様と和解させるために、わたし達の罪を贖って下さったイエス様の十字架の御業を覚え、今週の金曜日(14日)は、午後8時から受難日礼拝が行われます。
そして、16日の主日はイースター礼拝です。
教会学校では、イエス様の復活をお祝いします。
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by oume-akebono | 2017-04-11 01:12 | 集会案内

(ペテロの第一の手紙 3章8-9節)       大谷唯信牧師



「あなたがたは皆、心をひとつにし、同情し合い、兄弟愛をもち、あわれみ深くあり、謙虚でありなさい。悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって、祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである。」



新年度を迎え、皆様も新しい目標、課題、思いもしなかった問題等々を目の前にし新たな思いで取組まれている事でしょう。近頃世界はトップ指導者の愚かな言動で不安を撒き散らし結局は武力による均衡でのかろうじての平和維持で、昔ながらのこの低次元のワンパターンを脱却できず、人間の弱さを見る思いです。「実に被造物全体が、今に至るまで共にうめき共に産みの苦しみを続けている」(ロマ8:22)のです。わたし達の生活でもこの世はサタンの支配にあり肉の働きの強い支配が迫って来るのが現実ですから「御霊の最初の実を持っているわたし達自身も、心の内でうめきながら、からだのあがなわれることを待ち望んでいるのです」(ロマ8:23)



しかし私達クリスチャンは「御霊もまた同じように、弱いわたし達を助けて下さり、どう祈ったらよいかわからなくても、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもってわたし達のためにとりなして下さる」(ロマ8:26)のです。しかも「神は、神を愛する者たち、即ち、御計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益として下さる」(ロマ8:28)のですから感謝です。



イエスさまは「人が生きるのは霊であって肉は何の役にも立たない」(ヨハネ6:63)と語っています。



冒頭の御言葉はあの弱かったペテロが聖霊に変えられて語っているのです。わたし達はこういうペテロを見て励まされます。彼はどのようにして変えられたのでしょうか。彼の生涯を学んで下さい。彼は主に従いながら変えられました。今は教会がキリストです。冒頭の御言葉を実践し自分の生き方、有り方をチェックしキリストと共に死に共によみがえる信仰を自分の中に確立していく目標で歩みましょう。























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by oume-akebono | 2017-04-09 13:49 | 週報メッセージ

(コリント人への第一の手紙 1章18節)       大谷唯信牧師



「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。



わたし達の教会も4月を迎え、新年度をスタートしたのである。昨年は「御言葉による霊的成長」をテーマとして歩んできた。今年はその延長線ではあるが、さらに御言葉の力を信仰によって獲得し「生きた教会」とされ神の安息に満たされ「主の証人」として立ちたいからである。



その力の源は御言葉にある。御言葉によって神と出会えるからである。「み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます。」(詩篇119:130)「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」(詩篇119:105)「あなたの御言葉を愛する者には大いなる平安があり、何ものも彼らをつまずかすことはできません」(詩篇119:165)このように御言葉は大いなる力が秘められているのだ。



しかし、同じく御言葉を聞いて労苦を共にし歩んで来たにもかかわらず、何ら意味がなかった者もいたと聖書は語る。何故か!それはわたし達も知っておく必要があろう。「その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。(ヘブル4:2)

7000年前のアダムの時から現在まで、成功と失敗は同じ原因である。即ち、信仰と不信仰の違いだけである。「信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。(ヘブル11:6)のである。



信仰は上からの神の知恵を得る。この世の人は神を信ぜず自分の知識、この世の常識で生きるのを良しとする。しかし人は、人間の考える理性、常識以上に深い霊的存在、自分を超えた霊的存在であることを受け入れない。パウロも神と律法の専門のパリサイ人であり完璧と自覚しキリストを迫害したが、キリストに出会い霊の目が開かれた瞬間、自分の高慢、罪深さに気付き、全く砕かれ伝道者となった。十字架の言こそ神の力であり真実自分の求めているものであったことに気付かされたのである。今年度は常識を越えた「山をも動かす信仰」が課題である。




















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by oume-akebono | 2017-04-02 15:30 | 週報メッセージ