創世記1:27-28)      大谷 唯信 牧師



「神は自分の形に人を創造された。神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ』」


人は猿から生まれたのではない。神が御自分に似せて創造されたのである。たまたま偶然に生まれたのでもない。すべてが神の御計画であり神からの目的を持った高潔な人格として創られたのである。すべての人は神の祝福を受けた者として存在している。だから自分を粗末にしてはいけないのである。


さらに「主なる神は土のちりで人を造り(体)、命の息(人の霊)をその鼻から吹き入れられた。そこで人は生きた者(魂)となった」と聖書は語る。聖書は人が考え出したものではなく、神が選ばれた預言者を通して直接啓示を与え語ったものである。それによると人は体、魂、霊によって成っている事がわかる。この三部構造になっている事を知る事が自分を成長をさせるのに重要なのである。


この世の一般的な考えでは体と心の二つと捕らえているのがほとんどであろう。しかし聖書で示す霊の存在これこそが体と魂(心)を生かす土台なのだ。現代人はその意識が無いから根源的な成長がわからないのである。しかも人は猿から生まれたものであり、目的も無くたまたま偶然に生まれ死んでいく存在であり、別に目的があるわけでもないと言う考えである。夢も希望も持てるわけがない。本当にこれが正しいとするなら人は精神的に病んで苦しんだりうつ病に迄なったり毎年10年以上も三万人以上の方々が自殺する等にはならない筈である。


人は自覚するしないにかかわらずもっと深いもの、確かなものを求めている存在なのだ、イエスは「人はパンのみで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きるものである」と言われている。精神的な霊的なパンが必要だと言う事である。「人を生かすのは霊であって、肉は何の役にも立たない」(マルコ6:63)とも言われた。今こそ「真のパン、命のパンを食せよ」が必要なのだ。何故なら人は神に似せて造られた霊的存在だからである。教会は求める者に霊的食物が得られる唯一の場なのである。
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by oume-akebono | 2012-10-02 09:28 | 週報メッセージ