(ヨシュア記 1:2-3)  大谷 唯信 牧師




「今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい。あなたがたが、足の裏で踏む所はみな、わたしがモーセに約束したように、あなたがたに与えるであろう。」



これは私達教会に与えられている神の約束である。遠い昔話ではない。まず、「今」であって「あとで」とか「いつか」ではない。信仰の歩みは常に、「今の出来事」として受けとめる時に始まるのだ。
聖書で啓示する創造主なる神は、他の宗教に見られるような、人間の理解や納得の理想で塗り固め、一方的に拝んでいるものではない。神の方から具体的にアブラハム、イサク、ヤコブの神となって、イスラエルを興し、現実の歴史そのものの中に、神がいかに私達人間を愛し、働きかけておられるかが示されているのである。人間の理想をかかげているのではない。人間の罪の現実とそこから救い出そうとする神の必死な愛のメッセージなのだ。


「わたしがイスラエルの人々に与える約束の地」とは、これこそイエスの十字架によって与えられた「神の国」である。人の考え出した物語や空論ではない。神の救いの出来事がイスラエルを突破口として、人間の歴史の中に突入して来られた全く特殊な出来事なのである。神は人類救済の道を独り子イエスによって造られたのである。


がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」。(コリント人への第一の手紙2:9)ところが、「この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった」(コリント人への第一の手紙1:21)のである。愚かな出来事と見たからだ。しかし神はこれを信じる者を救うこととされた。自分の賢さに頼っている者は救われないこととされた。ただ信じる者が救われる。これが神の救いの方法なのである。


「足の裏で踏む所はみな、あなたがたに与える」。信仰に立つなら救われ、さらに神に求める者は与えられる。今こそ、神が与える祝福の人生、この扉を開こうではないか。その鍵は幼な子のような信仰にある、と言うから面白いのだ。
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by oume-akebono | 2012-07-22 21:23 | 週報メッセージ

◆38度の猛暑から、急に肌寒い秋を想わせる天候に驚いています。皆様お元気ですか。今日も心からの礼拝を捧げましょう。主の御聖霊が注がれ、私達の命が生き生きとされることでしょう。共に感謝をいたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時として、どなた様もご一緒にいたしましょう。

◆昼食後は本日各会の集いがあります。壮年、女性会、青年、中高生と、それぞれの集いに参加いたしましょう。

◆いよいよ今週、7月26日(木)、27日(金)、28日(土)の三日間教会学校のC.S.サマーキャンプが開かれます。定員50名といたしましたが、それを越える問い合わせがあり感謝しております。C.S.教師をはじめ、多くのお手伝いの方々のために、お祈りください。

◆本格的な夏に入りますから、皆様、お体には充分気をつけましょう。祈祷会、各セルグループにもご参加ください。共に学び合い、成長いたしましょう。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

マルコによる福音書 4:14 

「種を蒔く人」

森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2012-07-22 21:21 | 報告

(マタイによる福音書 5:16)   大谷 唯信 牧師



「あなたがたの光を人々の前に輝かし、人々があなたがたのよい行いを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」



人生には人それぞれの成長に応じての課題があるものだ。人からのものではなく、自分からのものでもない。生まれたその時からすでに与えられている、しかも、すべての人に与えられている究極の人生の目的がある。これが生きる中心軸となる。これがずれてくるとどんなに恵まれた環境、能力があったとしても精彩を欠き狂ってくる。


いくら頑張っても努力しても結果はもっとひどくなるであろう。「自分なり」の生き方が横行している現代、この世の知恵で器用に働けるものが世の指導者として後輩を導くのであるが、正にイエスが言われた盲人が盲人を手引きし共に穴に落ちるとの事が社会に起きているのである。それは自分の欲得のみに走り、真理に対して無知、盲目となり中心軸を失っているからである。イエスの言われた上の御言葉は人間の生きる究極の目的である。


生きること自体に神の祝福が豊かに注がれている事がわかる。神は私達を祝福したいのである。豊かな人生を送る事は主の御心なのだ。その祝福は何のためか。はっきり言っておくが、自分のためではない。自分の力を誇示したり自慢するためではない。まず自分に与えられている光を人々の前に耀かせと主は言われる。暗闇を照らす明かりとなる事だ。だがこれで終わりではない。


究極の目的がある。それは「人々があなたがたのよい行いを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」、さらに「天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。だから、何事でも人々からしてほしいと望む事は、人々にもその通りにせよ」(マタイ7:11-12)。これが光り輝く事であり生きる原点である。クリスチャンは受け身ではいけない。祈りと信仰による決断を持って御言葉の実践に取り組むべきである。主と共にである。
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by oume-akebono | 2012-07-22 21:18 | 週報メッセージ

◆大雨が降り続き西日本で、大変な被害
が出ており心が痛みますが、神の慰めと守りがありますよう祈りましょう。共に礼拝が出来ますことを感謝いたします。

◆本日の第一礼拝は森元副牧師がメッセージいたします。祈りに覚えて下さい。大谷牧師は教会学校でメッセージをいたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりとしてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日午後3時より中野バプテスト教会にこの度着任されました青木牧師の就任按手式が行われます。いよいよこれから中野教会が発展されますよう祈り、当教会からは大谷牧師、森元副牧師、大久保兄3人が行く予定です。さらに出席希望の方は申し出て下さい。

◆C.S.サマーキャンプ(7月26日〜28日)は申し込みが定員50名となりました。感謝いたします。続けて会のためにお祈り下さい。

◆明日(16日)は教会ウッドデッキの塗り替えをいたします。協力できる方は申し出て下さい。



<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

使徒言行録2:36~42 

「御霊と共に主の証しをする」

谷口圭太兄

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by oume-akebono | 2012-07-22 21:15 | 報告

(ヨハネの黙示録 3:17)    大谷 唯信 牧師



「あなたは、自分は富んでいる。豊かになった、なんの不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。」



富んでいる、豊かになる事が悪いのではない。自分の心の未熟さや、罪が見えなくなっている事が問題なのである。心は常に満たされた部分と砂漠のように渇いている部分を持つべきであろう。どんなに恵まれた状態であっても自分のもう片方の頬は絶えず北風の寒風にさらしておく必要があるのだ。そうしないとラオデキヤ教会の人々のようになる。彼らはあらゆるものに恵まれていたが中から腐ってきているのに気づかなかったのである。人


は誰でも他人の欠点は目についても自分の欠点や問題点には気づかないものだ。イスラエルの民が40年も荒野を旅しなければならなかったのはその苦労の中で徹底的に自己が砕かれ「あなた自身が惨めな者、あわれむべき者、目の見えない者、裸な者である事に」気づかせるためであった。


律法が与えられたのも何一つ実行できない弱く罪深い者である事を自覚させるためであった。しかし彼らは神に従う謙遜さを表明しながらもその心の奥では自らの「富んでいる、豊かになった、何の不自由もない」と驕り、自信があり自分は有能であり、かつ正しいとしたのである。神に従っていると思いながら実際は自分の力に頼り自分の思いに従っていた。だが本人はそれに気づかないのである。人は時に優越感をもったり劣等感を持って傷つく。どちらも根っこは同じで自我の上げ底によるプライドである。



今や現代人は実にひ弱になってしまった。と言うより本当はこれが現実なのだ。自分だけで自分を立て上げようとする。正にエゴの特性である。一寸した失敗で動けなくなる。恐れ、不安、自信もなくなる。惨め、落ち込む。実にこの時がチャンスなのだ。神を求め、神と出会うチャンスである。私達は何事も信仰によって恵みのチャンスとして受けとめよう。神は信仰に応えて下さるからである。
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by oume-akebono | 2012-07-10 18:04 | 週報メッセージ

7月8日   週報より

◆天候不順が続いており、まだ夏らしくありませんがお元気ですか。いろいろと忙しい毎日と思いますが、本日もこうして共に礼拝に出席できます事を感謝いたします。心からの礼拝を捧げ共に生かされている喜びを分ち合いましょう。

◆第一礼拝は親子礼拝です。親子共々御一緒に礼拝する事は、子供にとっても大きな喜びです。この時間を大切にし神様の祝福を求めましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日も昼食後、教会、牧師館等の外回りの草取りをいたします。一人30分でも協力していただければ随分きれいになりますので御協力下さい。

◆昼食後、教師会を開きますので、C.S.教師・スタッフは礼拝堂にお集まり下さい。

◆7月26日(木)~28日(土)の、C.S.サマーキャンプの申し込み受け付け中です。
締め切りは7月15日(日)です。

◆祈祷会、セルグループ等どうぞ積極的に参加いたしましょう。



<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

マタイによる福音書6章25~34節 

「神の国と神の義」

大久保真道執事

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by oume-akebono | 2012-07-10 18:01 | 報告

(ガラテヤ人への手紙 3:3)  大谷 唯信 牧師



「御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか。」


イエスを自分の救い主と信じ、罪を悔い改めてバプテスマを受け、クリスチャンとしての歩みを始めると、神からの御聖霊が注がれ、その人の霊に神の命が入り、生きた者とされるのである。霊の命が豊かにされると同時に、自分の中にある肉の部分がさらにはっきりと見えてくる。


肉は自己が中心であり、自分の正しさ自分の栄光が第一である。能力のある者なら素晴らしいリーダーシップを発揮し、人に親切、思いやり、やさしさもあり、人に喜ばれる働きも多くできるであろう。だが、すべては自分である。自分の栄光、自分の満足である。思うように行かなかったり、自分が中心から外れたり、他から注意されたりすると、途端に一変し、不機嫌になったり、非協力的になったりもする。


パウロはコリント教会に対して、「あなたがたの間に、ねたみや争いがあるのは、あなたがたが肉の人であって、普通の人間のように歩いているためではないか。」と語っている。肉の特性なのだ。一般にはこれが普通であって、当たり前の事であろう。今の国会での人間模様を見るとよくわかると思う。しかも、それぞれが皆、正しいのである。


クリスチャンになると神の命が注がれ、新しく生きる者とされる。心の目が開かれ、肉の働きが自他共に見えてくる。かと言って常に霊の力で歩めるわけではない。まだ霊性が育っていないからだ。パウロはコリント教会の人々に、「わたしはあなたがたには、霊の人に対するように話すことができず、むしろ、肉に属する者、すなわち、キリストにある幼な子に話すように話した。あなたがたに乳を飲ませて、堅い食物は与えなかった。食べる力がまだあなたがたになかったからである。」と語っている。


霊性が深められていないと、肉の働きが出てしまうのである。「今になって肉で仕上げるというのか。」とのパウロの言葉は、私達も常に聞き自らを吟味する必要がある。御霊によって歩もうではないか。日々、肉を捨て、主を仰ぎ見よう。信仰によって、である。
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by oume-akebono | 2012-07-09 23:28 | 週報メッセージ

7月1日   週報より

◆7月を迎えました。天候不順が続いていますが、確実に暑くなって参りました。皆様お元気ですか。今日も共に礼拝できます事を感謝いたします。心を尽くして礼拝をいたしましょう。神の祝福を受ける時となります。

◆本日は第二礼拝にて主の晩餐式が行われます。私達の罪の贖いのため十字架の苦しみを受け、死と復活の中に私達をも共にある者として下さったことを感謝し、お受けいたしましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時として、どなた様もご一緒にいたしましょう。

◆昼食後は定例のいずみ会が開かれます。夏から秋に向けて行事と共に、教会のあり方を共に語り祈る時といたしましょう。

◆いずみ会の後、セルリーダー会を開きます。

◆夕拝、祈祷会に出席いたしましょう。

◆7月7日(土)午前10時~東京連合小羊会があります。リーダー:4名、生徒6名の出席予定。

◆CSサマーキャンプ(7月26日~29日)の受付が始まりました。お祈り下さい。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

ヨハネによる福音書 17:3 

「キリストを知る」

森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2012-07-09 23:26 | 報告