(ヨハネ第一 4:18-19)  大谷 唯信 牧師




「愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。わたしたちが愛しあうのは、神がまずわたし達を愛して下さったからである」 



クリスマスとは「神がまずわたし達を愛して下さっておられる」ことの出来事である。どれほど愛して下さっておられるのか。「独り子を給うほどに」である。それも神は「わたし達の罪のためにあがないの供え物として御子をおつかわしになった。ここに愛がある」と語られている。


もし、あなたがこのキリストを受け入れ、自分の罪を悔改めバプテスマを受けるならばあなたは救われ、罪許された者として神の子とされ神の愛が豊かに注がれる事になるのだ。神の愛は完全な愛である。私達はこれを信じ受け入れようではないか。新しく人生が始まる事になる。愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。これが現実にあなたの中に起ってくるのである。


この世は恐れと疑いに満ちている。国と国が、人と人が恐れ、疑い、争い、怒り、憎しみの縄目から出られないではないか。何とか平和のバランスは取っているがいつ爆発するかわからない状態がこの世であり私達ではなかろうか。互いにつかず離れずの安全距離を保っているに過ぎない。しかし、神は人間を本来、神の愛そのもので創造されたのである。だから私達の中に切に愛を求める心があるのだ。愛は神から出るものなのである。


しかし、人は神を認めず信ぜず、信ずるのは自分だけとなり神中心の本来の姿から自分中心のエゴと言う聖書では罪と言う姿になってしまっている。今や全ての人が生まれつきそうなっているのでそれが当り前で別に悪くはないと思っている。しかも自分は他よりも正しいと思っているのだ。これがエゴの特徴である。エゴは自分の罪に対して盲目にする。神の愛は目を開くのである。イェスが来られた。あなたの心をノックしておられる。これが本当のクリスマスなのである。
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by oume-akebono | 2011-12-31 15:58 | 週報メッセージ

◆今年は今年最後の日曜日が25日となりクリスマス礼拝の日となりました。今日は合同クリスマス礼拝です。皆様、お元気ですか。真冬の寒さが続いています。はやいもので、今年もあと一週間で終わりとなります。一年間の感謝の思いをもって心からの礼拝を捧げましょう。

◆昨日も夜、キャンドルサービスを行い、クリスマスイブの礼拝をいたしました。多くの方々と共にイエス様の誕生を祝い心からの讃美のできましたことは何よりの喜びです。皆様の祈りと御協力を感謝いたします。

◆本日は礼拝後、この場所でほんの短い時ですがお茶とケーキの時間をもちます。どなた様も御一緒に楽しい時を過ごしましょう。

◆尚、その後愛餐会として昼食を共にいたしますので御一緒できる方は参加して下さい。教会ではいつもこのような交わりを大切にしています。互いにお誘いしあって交わりにお入り下さい。

◆今週の31日(土)は午後8時より今年一年の感謝を分かち合い共に讃美し、感謝の証し、祈りの時間といたします。

◆次週は「元日礼拝」です。新年を迎え11時より第1、第2の合同礼拝です。御家族での出席を歓迎します。

◆尚、午後3時より西地区合同の新年礼拝が花小金井教会で開かれます。西地区の各教会から参加があります。私達の教会からもできるだけ大勢で出席したいと思っています。あけぼの号も使いますので御利用下さい。花小金井教会は新会堂を建てたばかりです。

◆明日26日は西地区の牧師と御家族のクリスマス祝会が隣りの福生教会で行われます。




<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

テモテへの第一の手紙 4章12節

「わたし達の戦い」

大谷唯信牧師

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by oume-akebono | 2011-12-31 15:37 | 報告

(テモテへの第一の手紙4:12)  大谷 唯信 牧師



「言葉にも、行状にも、愛にも、信仰にも、純潔にも、信者の模範になりなさい。」



わたし達の戦う相手はサタン(エペソ6:11)と肉(エペソ2:3)とこの世(ヨハネの第一の手紙5:19)の三つである。いずれも「信仰と正しい良心」を持って戦うならば勝利を得る事ができる。「この世に勝つ者は誰か、イエスを神の子と信ずる者ではないか」と確信をもって御言葉は宣言しているのである。それなのにクリスチャン生活を続けているうちに、礼拝も奉仕も祈りも何か空しくなり、初めの喜びや救われた解放感もなくなり疲れてしまう・・・。こんな経験なかったろうか。


そうなっても驚く事ではない。誰もが通る道である。特に熱心に熱く取り組んでいる人がなるのだ。いい加減にやっている人はいい加減だからそこまで落ち込んだりはしない。どう言うことか。当然なのだがまだ霊的に幼いのである。赤ちゃんなのだ。霊的に赤ちゃんでも元々能力のある人ならリーダーシップもありスピーチもうまい。仕事もできる。どんな奉仕も讃美も中々の出来ばえでこなしてしまう。しかし霊的には赤ちゃんなのだ。元々の肉の力でやっているのである。


肉は必ず行き詰まる。その時、人やまわりのせいにするのではなく、自分の肉の問題である事に気がつかなければいけない。そうすれば本当の霊的成長への求道が始まる。ここで大切なのは、自分の力で戦うのではなく、あの放蕩息子のように本心に立ち返り父のもとに帰る事である。サタンの誘惑の目的は神からの独立であり分離させる事なのだ。気をつけねばならない。キリストのための奉仕がいつの間にか肉の働きとなり自分のため、自分の栄光となってしまうのである。しかも困るのは自分でそれに気がつかない事なのだ。


そこでここに四つの言葉を紹介しよう。これをツールとして自己吟味し実践するのだ。絶対正直、絶対純潔、絶対無私、絶対愛である。冒頭の御言葉に立ってこれを実践してみよう。この実践こそが主につながる事となり、御霊の実が与えられるのである。
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by oume-akebono | 2011-12-23 22:32 | 週報メッセージ

◆今年もいよいよ残り少なくなって参りました。急に寒くなりましたが皆様お元気ですか。何かと忙しくなりますが、こうして皆様と共に今日も礼拝できます事、感謝いたします。今日も主の御降誕を覚え心からの讃美を捧げ礼拝いたしましょう。

◆昨日はC.S.クリスマス会が盛大に楽しく行われました。先生方、スタッフの方々も準備のため朝から御奉仕下さいました。60余名の小学生、10数名の幼児、そして先生方で約100名もの方々の参加でクリスマス会が行われました。皆様のご協力とお祈りの支えを深く感謝いたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてどなた様も御一緒いたしましょう。お互いにお誘いして下さい。

◆本日は子供達の小羊会が開かれます。下級生クラスは2時~2時30分、上級生クラスは2時30分~3時30分迄を予定しています。図書室にお集まり下さい。

◆本日は美化デーです。ご協力下さい。
先週は幼稚園での美化デーがあり、礼拝堂をはじめ全建物を掃除しワックスを掛けて下さいました。

◆クリスマス行事予定
中高生クリスマス会 12月23日(金)午後2時~4時
クリスマスイブ礼拝  12月24日(土)午後7時~8時
クリスマス合同礼拝 12月25日(日)午前10時~11時30分
礼拝後ティーパーティをします。互いに良い交わりの時といたしましょう。クリスマス案内用のカードがあります。ご活用下さい。




<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

マタイ福音書 1章 18-25節

「神われらと共にいます」

大久保真道執事

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by oume-akebono | 2011-12-23 22:29 | 報告

(ペテロ第一5:2)       大谷 唯信 牧師




「しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい」



心ほどいいかげんで当てにならないものはない事御存知だろうか。自分のその時々の気分や状況でコロコロ変わるのだ。よく「心正しく」「心を強く」「心を入れかえて」等を聞くが心にはそんな力はない。
心は肉につくものだからである。エゴなのだ。人は「自分なり」とか「個人の自由」とか言いつつ心に振りまわされているのだ。「心はよろずの物よりも偽るものではなはだしく悪に染まっている。誰がこれをよく知ることができようか」と聖書は語る(エレミヤ17:9)。


しかし、心もからだも神が与えて下さったものではないか。この心を強く正しく用いることは神の御心ではなかろうか。その通りである。神は私達に永遠の救いを与え、同時にこの世に勝利し力強く生きるようにして下さっておられるのである。だが多くの人は勘違いし、自分の心配りのみで生きているのが現状だ。だから心の病が国民病のように蔓延しているのである。心の用い方を知らず自分流でやっているからである。私達は神によって造られたのであるから自分流ではなく神のやり方で生きなければ成果はでないのだ。


では、自分流とは何か、又、神のやり方とはどんなものなのか。これは一番大切な基本的なことだが意外にわかっているようでわかっていない人が多い。自分流とは、自分の心で頑張っている事である。心で頑張っている人は実を結ばない。肉の働き(ガラテヤ5:19-23)だけになるからだ。自分の持っている力だけで取り組んでいる者はすぐ行き詰る。クリスチャンでも同じだ。神のやり方とは、本心に立ち返り、本心で取り組む事である。心配りの前にそれこそ理屈抜きの問答無用の真実な自分に立つ事であろう。冒頭の御言葉がそれである。又「自分の罪をぬぐい去っていただくために、悔改めて本心に立ちかえりなさい」(使徒3:19)ともペテロは語る。あの放蕩息子も本心に立った時新しく生きる力に動かされた事を知ろう。
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by oume-akebono | 2011-12-23 22:28 | 週報メッセージ

◆急に寒くなり雪が降ったりで驚きましたが皆様お元気ですか。12月に入ると何かと忙しく追われる様な気持ちです。
こうして今日も共に礼拝できますことを感謝いたします。礼拝は神への最高の奉仕であり、最高の祝福を受ける時です。共に心から神を讃美いたしましょう。

◆昨日は幼稚園のクリスマス恒例のクリスマス・ページェントが羽村のゆとろぎ小ホールで行われました。200名満席限定で入れなかった方には申し訳ありませんでしたが、子供達の熱演には胸打たれ、主の御降誕の喜びと子供の大きな成長に心からの感動の時となりました。

◆礼拝後のコーヒー、昼食等、どなた様も良き交わりの時として御一緒にいたしましょう。

◆昼食後にC.S.教師会があります。C.S.クリスマス会の最終打ち合わせがあります。スタッフ、お手伝いの皆様も御出席ください。

◆C.S.クリスマス会は今週17日(土)です。受付開始は13:15から、開会は13:30から、終了は15:30の予定です。

◆クリスマスイブ礼拝(キャンドルサービス)は、24日(土)午後7:00~8:00 
合同クリスマス礼拝
は、25日(日)午前10:00~11:30
その後愛餐会です。
案内用のハガキがありますのでお友達をお誘いするために活用してください。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

ヨハネによる福音書 6章28~33節

「人は神と共に働く」

森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2011-12-23 22:25 | 報告

(コリント人への第二の手紙 12:9)    大谷 唯信 牧師




「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」



弱さを喜べ!弱さの中に打ちひしがれてはならない。主があなたの戦いを戦っておられるのだ。今、直面している諸問題を恐れることはない。「あなたを強くして下さるキリストによって、何でも出来る」からである。主はあなたの力であるばかりではなく、あなたのそばにおられる。あなたは一人ではない。それを信じ、味わうのだ。御聖霊があなたを慰め支えられる。


パウロは困難に直面するごとに、弱さを覚えるごとに強くされたではないか。これはパウロが強かったのか。そうではない。弱かったのだ。弱いからこそ自分ではなく主を見上げたのだ。自分の戦いではなくて「主の戦いである」との「主の出来事」としそれを信ずる「信仰の出来事」として留まる時は留まり、前進する時は大胆に前進したのである。


パウロは弱さの中で示された「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる。」と。勝利を得るとは、あなたが勝利するのではない。キリストがあなたに代わって勝利するのである。あなたが十字架で死ねば、キリストが代わって働いて下さる。あなたが働くのではなく、キリストがあなたを通して働くのである。「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。」(ガラテヤ人への手紙2:20)







しかし、サタンは今迄通り私達を動かそうとする。あらゆる戦いを起こさせ、失望と弱さに押しやり、私達を神に委ねさせず、自分の力で解決に走り回るよう仕向けるのである。聖書を読み祈るが、自分の力で戦おうとさせる。そうすればサタンは勝利するからである。
間違ってはいけない。自分の力で打ち勝とうとしてはならない。勝利とは、あなたが死に、キリストが生きることである。神は御子御自身に戦わせたいのだ。私達は弱さを誇ろう。「わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」(コリント人への第二の手紙12:10)
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by oume-akebono | 2011-12-23 22:23 | 週報メッセージ

◆いよいよ12月を迎え、急に寒くなりました
が、お元気ですか。やはり12月は何かと忙しくなって参ります。それだけに礼拝を大切にし、本日も心からの礼拝を捧げ、神様からの祝福をいただきましょう。

◆本日は主の晩餐式が行われます。私達のためになされた、十字架の苦しみを思いつつ、主の晩餐式にあずかりましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時として、どなた様もご一緒にいたしましょう。

◆昼食後、いずみ会が開かれます。クリスマス、新年に向けての計画について相談します。会員の方はご出席ください。

◆本日、来年1月22日~29日、新年度執事の本選挙が行われることを公示します。

◆クリスマス案内のハガキが出来ております。ご活用ください。。

◆今週10日(土)、あけぼの幼稚園恒例のページェントが、羽村のゆとろぎ小ホールで午前10時より行われます。今年は会場の都合で午前中となりましたので、ご注意ください。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

マルコによる福音書5:25~34

「信仰によって与えられる救い」

谷口圭太兄

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by oume-akebono | 2011-12-23 22:21 | 報告

(ガラテヤ人への手紙2:19-20)   大谷 唯信 牧師



「わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きているのである」



今や、ほとんどの人が「自分なり」の生き方を求めている。「自分なり」なら他の人を気にする事なく自分の思うまま好きにでき、何の束縛もなく自由と言う事であろうか。「自分なり」にできた時、喜びがあり達成感も大きいと思う。

しかしこれは余程の域に達した達人なら別だが、そうでないとしたら全くの初歩の初歩であろう。信仰生活に於いてもこのやり方をそのまま持ち込み「自分なり」にやろうとする人が意外と多い。勿論本人はその積りはないのだがこの世での生き方をそのまま持ち込んでいるのである。「自分なり」とは自己にしがみついているのに他ならない。


本来、信仰とは、自己から解放される事にある。それなのに神の名を借りて自分の自己実現の夢を求めつつ、いつの間にか自己中心となり自分なりの生き方、自分なりの有り方と言う自分のカラの中に閉じこもってしまう。神に守られていると思いながら「自分なり」の安全地帯にもぐり込んでしまうのだ。気をつけねばならない。これは神の名を語りながらエゴを増長させているだけではないか。自分を捨て神に従おうとすると、これに抵抗する強い力が自分の中から出て来るのに気がつくであろう。これが自我でありエゴと言う罪なのである。


罪は「自分なり」にやっている時はほとんど気づかない。真剣に神に従おうとすると途端に罪が見えて来る。聖霊が働き罪に対して目を開くからである。自分の罪への自覚が深くならない従い方はまだそれほど真剣なものではない。「自分なり」である。私達は「自分なり」を捨てようではないか。英国のブックマン師は自分と向き合うために次の四つの言葉を上げた。絶対正直、絶対聖潔、絶対無私、絶対愛である。この実践こそがキリストに生きる事であり自分を捨てる事なのである。
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by oume-akebono | 2011-12-23 22:19 | 週報メッセージ

◆秋も深まり一段と紅葉の美しい頃となりました。朝晩はかなり冷え込んで参りましたが、皆様お元気ですか。今日も共に礼拝できますことを感謝いたします。心からの讃美と御言葉は私達に力を与えます。

◆去る23日の東京連合の集いは常盤台教会で開かれ、各教会から230人以上の主席があり恵まれた楽しい会となりました。私達の教会からは大人23名、子供18名、計41名もの参加があり、C.S.の子供たちのハンドベル演奏、PDCの讃美とダンスは素晴しく、多くの方々の心に響いた事と思います。皆様のお祈りと御協力を感謝いたします。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食は良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。お互い誘い合い良い時として下さい。

◆いよいよ12月を迎えクリスマスとなります。本日はクリスマスの飾りつけをいたします。どうぞ御協力下さい。尚、クリスマス礼拝をはじめ、子供達のクリスマスの特別な集い等いろいろ計画されています。御案内のチラシ等がありますので、それを見てどうぞ御参加下さい。

◆今週土曜は執事会があります。

◆大谷牧師は企業研修のため明日より土曜迄出張となります。

◆主日礼拝は信仰生活の原動力です。これから年末に向けて忙しくなると思いますが、互いに声をかけ合って礼拝を大切にし、神の祝福の中を歩みましょう。



<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

マタイによる福音書 17章14~21節

「からし種一粒ほどの信仰」

大久保真道執事

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by oume-akebono | 2011-12-23 22:17 | 報告