(箴言 3:5-7)   大谷 唯信 牧師



「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。自分を見て賢いと思ってはならない、主を恐れて、悪を離れよ。」



私達はこの度の東日本大震災と原発事故に何を学んでいるのであろうか。

こう言う問いかけ自体、実際にこの災害の真只中にいて愛する家族や全財産を一瞬にして失い、深い悲しみと絶望の中にあり、今も生きる現実と戦っておられる方々から見れば何と不謹慎な失礼な問いかと思われるであろう。今はそれどころか一刻も早く生活を安定させ町の復興を得る事が最優先だからである。

しかし、ただ復興すればよいと言うのではあるまい。それと同時にこの大自然の驚異と人間科学の象徴であった原発のもろさに直面した今、私達はこれらが語るメッセージに聞き、人間としての知恵を得る必要があるのではないかと思うのである。この日以来、日本の多くと方々の人生観、物の価値観が変わって来たのではなかろうか。

今まで、美しい高層ビルが建ち並ぶ中を青く輝く海を見ながら駆け抜ける高速道路は何とも言えない快適さと力強さを感じたものであったが、今ではもしあの大津波と地震に襲われたならたちまち波に飲まれビルも崩壊し瓦礫と化するのだと思え、人の力の空しさを痛く感じるのである。政府の動きに対しても日に日に国民は失望しているのが現状だ。皆、優れた人物であろうがそれぞれに自分の立場があり主張があるのはわかるが、いつ迄たってもバラバラである。

何故なのか。政策や対策の問題ではなく、それ以前の人間を超えた中心軸を持たないからである。上の御言葉は紀元前10世紀のイスラエルの名君ソロモン王の言葉である。人やこの世の問題の前に人間としての根源的な生きる姿勢を述べている。これは私達にも言える事ではないか。現代人は全てこれの逆を行っているように思える。この御言葉をよく味わいここに立とうではないか。
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by oume-akebono | 2011-05-29 23:59 | 週報メッセージ

◆台風2号の影響もあり梅雨入りも例年より早いようです。皆様お元気ですか。本日も心を一つにして心からの礼拝を捧げましょう。

◆昨日は雨天でしたが恒例のあけぼのバザーを開く事ができました。多くのご家族の方々、又、卒園された懐かしいお顔もあり、本当に楽しい一日となりました。委員の方々を始めご協力下さった多くの方々に心から感謝いたします。教会の女性会は食べ物を中心に協力をいただき全員が感謝で協力しあえたことが嬉しいです。ありがとうございました。

◆本日は第二礼拝にて渡辺浩生兄の信仰告白とバプテスマ式が行われます。おめでとうございます。どうぞ続けてお祈り下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食はよき交わりの時となりますので、どなた様も御一緒にいたしましょう。

◆壮年のセルグループは昼食を御一緒にしながら行います。壮年の方々は礼拝堂の前の方に集まって下さい。

◆次週は「春の霊交会」が開かれます。今から覚え出席してくださるようにして下さい。

◆大谷牧師は明日より企業研修のため一週間出張いたします。お祈り下さい。








<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

列王紀上 18:41‐46

「大雨の音がする」

大久保真道兄

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by oume-akebono | 2011-05-29 23:57 | 報告

(コロサイ人への手紙3:16) 大谷唯信牧師



「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい」


震災・原発事故への一連の対応を通して、ますます私達現代人の未熟さ、危うさが見えて来る。未熟とは、大人ではなく幼児性であり、自己中心と言う事だ。年齢、社会的地位も関係はない。幼児のまま大人になっている。その証拠に、日々の生活の中で、一寸した事で腹を立てたり、イライラしたり、頑固になったり、傷ついたりして殻の中、「これは自分の性格だ」と開き直っている人もいるが、それは大きな思い違いである。


本来の成長した自分は、もっと安定し、優しく、謙虚で、現実に対応する健全な人間性を持っているものだ。神は人をあなたとして「御自分に似せて造られた」のである。せっかくクリスチャンになっても、残念ながら何年たっても幼児のままと思える人が諸教会に結構いるのを見る。長老執事、牧師にも、である。その原因から見ると、さも有りな人と思えるのだが、肝心な本人は全く気付いていない事が多い。


どうすればよいのか。それは、現実の「自分と正直に向き合う」事である。聖書は自分と向き合え、逃げてはいけないと語っているのだ。多くの人は、ただ感激して、教えや教訓として受けとめ「ああ、ためになりました」等と言う。こう言う人は、まず成長はしない。神を仰ぐ事は自分と向き合う事であり、自分と向き合う事は神を仰ぐ事なのである。メッセージを通し、又、御言葉の光を通して、自分と向き合い、そうなっていない自分の未熟さ、罪深さを見、悔い涙する。


しかし、ここで終わるのではない。そこから御言葉を仰ぎ、御言葉を信じ、従う決意と共に委ねるのである。自分の思いでクヨクヨと悩んでいても、何もならない。御言葉の命に触れようと求めるのだ。必ず、「御言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与える」(詩篇119:130)が実現する。キリストの言葉を、心の内に豊かに宿らせる事が力となるからである。
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by oume-akebono | 2011-05-24 09:50 | 週報メッセージ

◆初夏を感じさせるここ数日ですが、お元気ですか。小学校も運動会等の春の行事で楽しい時ですね。本日も御言葉を通して神様の御心を求めつつ、心からの礼拝を捧げましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食は良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日は、各会ごとの集まりがあります。壮年、女性会、青年、中高生と、それぞれの集いに参加しましょう。

◆小羊会があります。午後2時より図書室です。

◆教会の集会に出席しましょう。祈祷会、セルグループ、土曜早天等は、互いの交わりと祈りの時です。積極的に参加する事によって、互いの霊性を深め合う事を求め、互いの心を健全に整えて参りましょう。

◆家庭での礼拝、個人のデボーションを大切にして下さい。「油断することなく、あなたの心を守れ。命の泉はこれから流れ出るからである」(箴言4:23)。

◆先週、大谷牧師は津田沼教会に行かれましたが、バプテスマを壮年の方が一人受けられ、とても恵まれた礼拝となりました。続けてお祈り下さい。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

使徒行伝 2章46節~47節

「喜びと真心と賛美に生きる」

     森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2011-05-24 09:46 | 報告

(ルカ11:35)    大谷 唯信 牧師



「だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい」



「内なる光」とはキリスト御自身である。誰でもキリストを信じクリスチャンになるなら心の内にキリストが住んで下さり、キリストの霊が私達の内奥にある霊と一つに混ざり合い光となって輝き出すのである。キリストの霊なる命が私達の死んでいた霊に触れて下さるのだ。すると不思議に思えるほど霊もからだも全身が生き生きとし明るく元気になって来るのである。「もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、あかりが輝いてあなたを照らす時のように、全身が明るくなるであろう」(ルカ11:36)との御言葉があなたの中で現実となるのである。


だがこれは決して自分の力ではない。すべてがキリストによるのである。ブドウの幹と枝との関係である。「わたしにつながっていなさい。そうすれば豊かに実を結ぶ」「わたしから離れては、あなたがたは何一つできない」(ヨハネ15:5)。即ち、どんなに頑張っても、それが人のため社会のために良い事であっても、神を離れ自分の力でしているならば(これが世の中の一般であるが)、結局は肉の働きであり死に至るエゴの実を手にするしかないと言う事だ。


この度の東日本大震災を「想定外」と言う。確かにそうであろう。しかし現実は現実である。こう言う事になって初めて世の中には想定外の事があるのだと言う当り前の事に気づかされるのである。私達はいつのまにかあらゆる事を自分の想定内に収め、想定内だけで人生を考え想定外の事は意識から外して生きてきたのではなかろうか。これは現代人の特長であると思う。「人が生きるのは霊(神の命)であって肉(エゴ)は何の役にも立たないのである」(ヨハネ6:63)。内なる光が必要内なのだ。想定内には全くない光、これこそ「すべてを照らすまことの光があって世に来た」(ヨハネ1:9)と言うキリストなのである。
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by oume-akebono | 2011-05-24 09:42 | 週報メッセージ

5月15日  週報より

◆5月ならではの美しい新緑にかこまれながらの礼拝は最高に恵まれていますね。皆様お元気ですか。本日も心からの讃美を主に捧げ、又、東北の今、必死で戦っておられる方々の痛みをも覚え礼拝をいたしましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は、良い交わりの時となりますので、どなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日は第三主日として「美化デー」となっております。教会の内外をきれいにいたしましょう。特に外は草抜きです。御協力ください。道路側をはじめ園庭、園舎の裏等この時期は草抜きが大変です。自分の心の罪を抜き取るつもりやってみてはいかがでしょう。

◆本日、大谷牧師は津田沼教会にて礼拝のメッセージ及び、午後の研修会等の御用に当たっておられます。

◆今月28日(土)は「あけぼのバザー」です。教会と幼稚園が一つとなって行います。どうぞこの日を覚えて参加してください。いろいろな準備、働きがありますので御協力ください。

◆「教会の祈り」(週報裏表紙)を覚えて祈ってください。私達の成長がかかっています。




<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

使徒行伝 2:40~41

「主によって変えられてゆく」

谷口圭太兄

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by oume-akebono | 2011-05-24 09:37 | 報告

(コリント人への第一の手紙 1:18)   大谷 唯信 牧師




「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。」



パウロが「十字架の言」と言う時、それは単にイエスの十字架の物語ではなかった。又、全人類の救いの教理でもなかった。彼はパリサイ人であり、当時誰もが誇りとする律法学者ガマリエルの門下生であったプライドも打ち捨て、自分の罪と向き合い「わたしの欲する善はしないで、欲していない悪は、これを行う」「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか」(ローマ人への手紙7:24)とイエスの十字架を仰いだ時、十字架上での「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイによる福音書27:46)のイエスの叫びが自分の叫びと一つとなり「わたしはキリスト共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きているのである。」(ガラテヤ人への手紙2:19-20)となったのである。


即ち、パウロはキリストと共に復活の命にあずかったのである。パウロが「十字架の言」と言う時、それはキリストの死と復活であると同時にパウロ自身の死と復活の命の体験告白なのである。パウロの宣教の力の強さは、この一点の出来事から来ることを覚えよう。パウロのメッセージはキリストの十字架であり、十字架のキリストであった。それだけではなくパウロ自身がキリストと共に十字架で死に、キリストと共に復活したと言う信仰なのだ。


彼の輝かしい過去も知識も誇りも雄弁も徹底的に罪人として砕かれ、「神のあかしを述べ伝えるのに、すぐれた言葉や知識を用いなかった」「十字架につけられたキリスト以外の事は何も知るまいと決心した」ほどであった。パウロのメッセージは十字架であった。彼自身が十字架につけられた人であったからだ。十字架で死に十字架で生きる。私達も皆、この信仰にあずかっているのだ。十字架の言が神の力となる事を信じよう
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by oume-akebono | 2011-05-17 23:58 | 週報メッセージ

5月8日   週報より

◆新緑の美しい五月、毎日がさわやかですね。新学期から1ヶ月が過ぎましたが、幼稚園も学校もだいぶ慣れてきたことでしょう。今日も皆様と共に心からの礼拝を捧げ、神様から豊かな祝福をいただきましょう。

◆本日の第一礼拝は母の日礼拝です。教会学校の子供達と合同礼拝をいたします。お花のプレゼントをいたします。お母さんに心からの感謝の想いを伝えましょう。

◆第二礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時となりますので皆様も御一緒にいたしましょう。

◆本日の昼食後は、教会学校の教師会があります。教師の方々は御出席下さい。教師研修会も兼ねて行いますのでよろしくお願い致します。

◆今年度は「祈りの教会」といたしましょう。土曜早天、水曜祈祷会に御出席下さい。

◆新年度から様々な奉仕に新たな兄弟姉妹が参加しています。感謝です。担当者毎のグループで、奉仕内容について打ち合わせをお願いします。

◆大久保温子夫人(大久保真道兄の母)は羽村の老人ホームに入る準備をしております。お祈り下さい。





<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

ヘブル人への手紙 2:1~4

「神の言は両刃の剣」

森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2011-05-17 23:55 | 報告

(ガラテヤ人への手紙5:1) 大谷 唯信 牧師




「自由を得させるために、キリストはわたし達を解放して下さったのである。だから堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない」



あなたは自分の人生に於いて真に自由を得ているだろうか。あなたはどういう状況になった時に自由を得たと思うのか。何の束縛もなく、不安もなく、食べるも寝るも気ままに「自分なり」にできる事であろうか。時には仕事からも離れ、愛する家族だけで、否、家族からも解放されて全く別の新天地で過ごしたい・・・。いろいろあると思う。そう言う意味でゴールデンウィークは楽しみな時でもあろう。

人によって自由を感じるのはそれぞれに異なると思うが、共通しているのは「自分なり」を得た時かもしれない。「自分なり」が満たされているならば、忙しかろうが、少々困難であろうが一応自由を感じられると思うからである。「自分なり」は大切なことだ。しかし、言い訳に使い始めると最悪となる。「自分なり」がいつの間にか堅い殻ともなる。「自分なり」はある時点から、本質的成長を阻む内なる敵である事を知らなければならない。独りよがりの満足になるからだ。

主は「自分なり」を捨てさせようと招いておられる。「あなたは富んでいる、豊かになった、何の不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気が付いていない」(ヨハネ黙3:17)と。確かに御言葉は真実が心の奥に迫る時がある。それは本当だと心でわかるのだ。だがその時、夫や家族や友達の「深入りするなよ」「ホドホドにしておきなさい」等々の声が心に聞こえてくるそこでやめてしまう人が多い。


しかしそれは他の人の声なのだ。私達は自分の中に響いて来る真実の声、本当の自分の思いを聞くべきである。自分の心に響くように、確かにキリストが自由を得させて下さるのである。
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by oume-akebono | 2011-05-01 08:34 | 週報メッセージ

5月1日  週報より

◆5月を迎えました。すっかり春となり八重桜も満開で美しいですね。新学期も始まり、いろいろと忙しい中、あっと言う間にゴールデンウィークと言う感じです。本日も心からの礼拝を捧げ、主を讃美いたしましょう。
救い主イエス様を想い、感謝してお受けいたしましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食は良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。毎週80食以上出ております。準備して下さる方々に感謝いたしましょう。

◆本日は昼食後、定例のいずみ会が開かれます。教会の現状とこれからの歩みのために共に交わり、相談し祈る時です。教会は皆で大切にし、互いに仕え合う教会を求めて参りましょう。

◆いずみ会の後、セルリーダー会を行います。

◆去る29日(金)は、少年少女会の集い、30日(土)は青年の集いが開かれ、鉄板焼きパーティーやバーベキュー等で楽しみました。

◆4月25日、緒方百合子姉(98才)が召天いたしました。大井教会開拓当時に救われ、以来教会に仕え支えて来られた姉妹です。昨日30日、告別式があり、大谷牧師夫妻が出席されました。

◆次週は母の日礼拝です。




<本日の夕拝 午後7:30~8:30>

ルカによる福音書 24章44節~49節

「必ず成就する約束」

      大久保真道兄

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by oume-akebono | 2011-05-01 08:32 | 報告