(マルコによる福音書10:20) 大谷 唯信 牧師


「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」

莫大な資産を持つ「富める青年」がイエスに応えた言葉である。「それらの事」とは、「殺すな、姦淫するな、盗むな、父と母とを敬え」。十戒の後半部分であり、当時のユダヤ人なら誰もが知っている常識的な戒めであった。青年はイエスに一つの質問をしたのだ。それは社会問題でも平和問題でもない。単刀直入に「永遠の命」の事であった。「それを受けるために何をしたら」と真正面からの取り組みである。非の打ち所がない立派さだ。その言動からは彼が小さい時から恵まれた環境で教育も受け育った事が窺われる。

しかし、彼の応答は「そんな事は前から分かっています」であった。結局彼はイエスに失望し去って行くのだが、彼はすでに分かっていたからイエスから何一つ得なかったのだ。永遠の命を口にしながらも何も得ていないのである。私はこの青年の中に現代人に共通の問題、即ち我々、教会や神学校にも、さらに学校教育の中にも共通の問題を見るのである。「命」を学んでいながら「命」に全く触れていない、又、その事自体にさえ気付いていないのだ。

以前、余りにも疲弊している教会の牧師にいくつかのアドバイスをする機会を得た。何を言ってあげても「わかってます」なのだ。子育て中の親御さんにも多い。困って質問には来るのだが「それはもうやってます!」となる。学ぶほどに馬鹿になるのだ。利口ぶる馬鹿と言う。本当に自分の馬鹿さが分かれば開眼するのだが。

パリサイ人の指導者ニコデモもそうであった。「新しく生まれなければ・・・」イエスに言われると「そんな馬鹿な!」と答えた。馬鹿なのは自分であるのに。どんなに学識があってもニコデモ信者、富める青年信者では駄目なのだ。このダメ信者、ダメ人間をつくっているのが神学校であり教会である、となってはいないだろうかと思うのだが。
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by oume-akebono | 2010-08-30 16:53 | 週報メッセージ

8月29日  週報より

◆猛暑の毎日ですが、こうして皆様と共に8月最後の礼拝を捧げられます事を感謝いたします。礼拝では神の恵みによって御聖霊が豊かに働かれ、とりなしを与えて下さっておられます。共に信仰をもって主に期待しつつ礼拝を捧げましょう。

◆本日は「夏の霊交会」としての礼拝であり、午後も学びと交わりの時を持ちます。「自立したキリスト者」と題し明るく健康的な人間として成長する事を目指す会といたしましょう。こぞってどなたも御参加下さい。

◆森元副牧師は本日仙川キリスト教会にてメッセージの御奉仕に行っております。祈りに覚えて下さい。

◆夏休みも終わり子供達は学校が始まります。夏の疲れに負けないよう互いに気をつけましょう。

◆本日も夕拝があります。その他水曜日の祈祷会、各セルグループ等に積極的に参加され自らを成長させる場として下さい。

◆今週4日(土)午後8時より執事会があります。


<本日の夕拝 午後7:30~8:30>
ヤコブの手紙 4章1-10節
「神に近づきなさい」
相山喜祈執事

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by oume-akebono | 2010-08-30 16:49 | 報告

(ローマ人への手紙 12:1)   大谷 唯信 牧師


「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それがあなたがたのなすべき霊的な礼拝である」

今日は気分がいいとか悪いとか、落ち込んだ、イラだっている、やる気がない、祈れない等々の気分に振りまわされている人が何と多いことか。そんな事はどっちでもよいのだ。生きていれば近頃の天気のようにいきなり雨が降ったりやんだり、雷が鳴ったり地震があったりで何でもありが人生である。自分にしがみついてはいけない。自分を解放し手放すのだ。

「自分の命を得ようとする者は失い、捨てる者が得る」とは命の原則である。私達は仕事をするのも休むのも、飲むのも食べるのも、生きるのも死ぬのも主のため、とパウロは語っている。即ち、私達は日々、生活の出来事に向かっているわけだが単にそれをしているのではない。それらを通して神と出会い、神への応答として神のためにしていると言う意識(信仰)を持つ事が大切なのだ。

普通の人はただ仕事をし自分のため、人のため、金のためで生きている。私達はすべての事がそこで留まらず、何をしていても神のため、神の出来事として行うと言う意識に持っていく、自分とか人とかの次元ではなく神との出来事としての信仰によって取り組むのである。するとサタンは「そのような信仰が本当にあるのか」「あなたは聖なる供え物となっているのか、もう少し準備をしてからにしたら…」等ともっともな事を言って足を引っぱるから気をつけねばならない。そんな事はどうでもいいのだ。

現実の有りのままの自分をそのまま主の前に投げ出し、主を拝していく、その時主がそれを聖め生きたものとして下さるのである。自分で自分を聖める等できる訳がないではないか。ただその信仰で心を尽して主に捧げていくのである。自分にしがみついてはいけない。自分を手放す程に聖霊が入り信仰の世界は拡がり確実なものになってくるから不思議である。
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by oume-akebono | 2010-08-26 13:15 | 週報メッセージ

8月22日  週報より

◆相変わらずの猛暑の毎日ですが、皆様いかがお過しでしょうか。夏休みも後半になって参りました。本日も皆様と共に元気よく心からの讃美をもって礼拝をいたしましょう。
私達は礼拝によって神と出会い主の御心を求めましょう。主は私達一人ひとり語りかけ御聖霊によって生きる力を与えて下さいます。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時としてどなた様もご一緒にいたしましょう。尚、コーヒー基金がなくなってきましたのでコーヒー献金も御協力下さい。

◆本日は各会の集いを開きます。壮年、女性、青年、少年少女の会ごとの集いです。それぞれにお集まり下さい。

◆壮年は昼食を共にしながらセルを行いますので、いつものように礼拝堂の前に集まって下さい。

◆本日は午後3時より「C.S.夏祭り」が開かれます。楽しいゲーム、歌等の盛り沢山のプログラムが用意してあります。御家族で夏休みの最後としての思い出をつくりましょう。

◆祈祷会、夕拝を覚え出席いたしましょう。

◆次週は夏の霊交会が開かれます。予定しておいてください。


<本日の夕拝 午後7:30~8:30>
コリント人への第一の手紙 6章19-20節
「あなたの使命」
森元國文副牧師

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by oume-akebono | 2010-08-26 13:12 | 報告

(ヨハネによる福音書 15:5)   大谷 唯信 牧師


「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。」


本日、第二礼拝にて二人の方の信仰告白とバプテスマ式が行われる。これは本人は勿論、教会にとっても大きな喜びである。だがクリスチャンになったからと言って完全な人間になったわけではない。小学生でもイエス・キリストを救い主と信じバプテスマを受けるならばクリスチャンとなれる。かと言って急に大人になったわけではない。小学生のままであり長所も欠点もそのままである。

どこがちがうのか。外面は同じでも一番肝心な内面の霊なるいのちがキリストの霊と一つになって、キリストの命が自分の中に自分の霊なる命として誕生するのである。普通は自分のエゴの心が中心であるだけだがそこにキリストの命が入り、自分の中にキリストが生きて下さる事になる。

始めは誰でも霊的には赤ちゃんである。どんなに経験豊かな人であっても霊的には赤ちゃんである。神はこれを育てる場として教会を与えて下さった。教会はゆりかごであり家庭であり学びや訓練の学校である。教会生活を通し霊的に成長し、人間としても成長し、本当の意味で神のためにも人のためにも役立つ者とされてくる。これは聖霊の導きである。

霊的成長がそこまで無いのに、能力があるとの事で、たとえば、公認会計士が教会の財務をしたり、プロの音楽家と言う事で礼拝で演奏したり・・・だが数ヶ月でつまずいたりする。霊ではなく肉の力でやっているからだ。肉は報いや評価を求める。思うような対応がないとプライドが傷ついてしまうのである。霊性がまだ幼いから無理ないと思うがここで教会を離れてはいけない。必ず「愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。」(エペソ人への手紙4:15)
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by oume-akebono | 2010-08-15 07:37 | 週報メッセージ

8月15日  週報より

◆本日65年目の終戦記念日を迎えています。キリストの十字架の愛によって神は私達に「和解の務め」を与えて下さいました。共に神の平和を求めつつ心からの礼拝をいたしましょう。

◆本日は第二礼拝にて大坪朝美姉(青年)勝田隆生兄(壮年)の信仰告白とバプテスマ式が行われます。主に感謝しつつ御二人のためにお祈り下さい。

◆礼拝直後そのままで御二人をかこんで記念写真を皆様と共に撮りますのでご協力ください。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、どなた様も良き交わりとなりますので御一緒いたしましょう。

◆昼食後本日は美化デーです。暑い中ですが草取りをいたします。教会の外まわりを整美しますので御協力ください。

◆次週は「C.S夏祭り」が午後3時より開かれます。C.Sサマーキャンプに参加した子供達を中心に楽しいプログラムがたくさん用意してあります。御家族で御参加下さい。「かき氷食べ放題」もあります。



<本日の夕拝 午後7:30~8:30>
ローマ人への手紙 11章5~6節
「ただ、恵みによって歩む」
         谷口圭太兄

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by oume-akebono | 2010-08-15 07:34 | 報告

(イザヤ40:30-31)  大谷 唯信 牧師 


「年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。しかし、主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることはなく、歩いても弱ることはない」


これが聖霊の力である。聖霊は疲れではなく力を与えて下さる。私達は、先日のC.Sサマーキャンプを通して、聖霊の豊かな導きと、力を奉仕者全員が身をもって体験したところではないだろうか。普通ならこの猛暑の中、50名もの子供達と歌って踊って3日も走り回ったりすれば、教師もスタッフもクタクタに疲れてしまう事であろう。

しかし、最後の反省会は実に恵まれた感謝会となり、次々と素晴らしい証しとなり、不思議なほど元気に満たされ、散会するのも惜しく分かれ難いものを感じる会となった。聖霊は私達を疲れさせず、元気と感謝にあふれさせて下さったのである。私達の足りない所、力不足の所も考えられない程に最善に整えられ、一人一人がタイミングよく神様に用いられたのだ。私達が共に聖霊の働きを味わえた事は、私達教会として大きな喜びであった。

神への奉仕であっても、人間の肉の力によるものは、人を疲れさせ、聖霊の力によるものは、疲れるどころかますます充実した元気が与えられるのである。では、どのようにしたら聖霊の流れに乗ることが出来るのだろうか。世の人、肉の兄弟は自分の強さで勝負する。失望するとやめてしまう。しかし、私達は弱さで勝負しよう。失望した時こそ、チャンスとして主を仰いで前進するのだ。

あのペテロのように自分の無力を認めつつも「お言葉ですから網をおろしてみましょう」と言うのだ。弱さ、無力、絶望を、聖霊は力に変えて下さる。十字架のキリストのお言葉、「どうして私をお見捨てになったのですか」に重なるまで逃げてはいけない。主にある絶望こそ、聖霊の流れに乗る入口となるからである。
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by oume-akebono | 2010-08-14 10:19 | 週報メッセージ

8月8日  週報より

◆猛暑の毎日ですが、お元気ですか。夏休みでお出かけの方も、これからの方もおられる事と思います。それらの方々のためにも祈りつつ今日も礼拝をいたしましょう。

◆本日の第一、第二礼拝は森元副牧師のメッセージです。感謝のうちに覚えてお祈り下さい。

◆太谷牧師、相山憲司執事は、本日津田沼教会支援のため、メッセージと証しの御用に当たっておられます。教会成長のために分かち合いの時を持ちます。お祈り下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食は、良き交わりの時としてどなた様も御一緒に致しましょう。

◆壮年は昼食を共にしながらセルをいたしますので、礼拝堂の前にお集まり下さい。

◆本日、昼食後、C.S教師会を開きます。

◆毎週夕拝が行われております。御出席下さい。

◆次週は、大坪朝美姉、勝田隆生兄の信仰告白とバプテスマ式が、第二礼拝にて行なわれます。祈って下さい。

◆8月22日(日)は、15時よりC.S夏祭りがあります。C.Sサマーキャンプのフォローアップの楽しい時となるでしょう。

◆「夏の霊交会」が8月29日(日)に行われます。共に成長を願い、学びと交わりの時を持ちましょう。今から予定して下さい。


<本日の夕拝 午後7:30~8:30>
ローマ人への手紙 1章20節
「愛は、神から流れ出る」
相山喜祈執事

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by oume-akebono | 2010-08-14 10:16 | 報告

CSサマーキャンプ!

先週、7月29日~31日にかけて、教会学校のサマーキャンプがありました!
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参加した子供たちは51名!
プレイズあり!ゲームあり!!
メッセージあり!!!の充実した3日間。

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スタッフも子供たちも、みんなそれぞれが神様に出会った素晴らしいキャンプでした。

教会学校では今月22日にCS夏祭りを予定しています。
そちらもお楽しみに!!

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by oume-akebono | 2010-08-04 08:36 | CS(教会学校)便り

(コロサイ人への手紙3:13-14) 大谷 唯信 牧師


「互いに忍びあい、もし互いに責むべきことがあれば、ゆるし合いなさい。主もあなたがたをゆるして下さったのだから、そのようにあなたがたもゆるし合いなさい。これらいっさいのものの上に愛を加えなさい。愛はすべてを完全に結ぶ帯である。」



昨日まで行われていたC.S.サマーキャンプの主題聖句である。小学生約50名、教師スタッフ20名、食事担当の女性会10数名の方々の尊い御奉仕に支えられ、実に楽しく讃美と御言葉とゲーム等、多彩なプログラムによって充実したキャンプが行われた。費用も軽くするために教会で行われ、通いとし、上級生だけが2日目に宿泊し、さらに充実したものとなった。

子供達をとりまく環境は年々厳しいものに感じられるが、それだけに何ものにも負けない豊かな強く広い心、罪を憎み、正義に立ち、互いに愛し、ゆるし合う心の成長が必要なのである。単なる知識の学習ではなく、私達の存在そのものを支えている根源的な深い愛によって生かされている関係を体験的に得る必要があるのだ。それこそがイエス・キリストの十字架の愛である。この神が与えて下さる無私の愛を知る事によって私達はますます個性豊かに生きることができるのである。

この主題聖句の前には次の言葉がある。「あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身につけなさい」これらは、やってみればわかるが、自分の力で到底できるものではない。表面的にやれば結構それなりに見せられるだろうが純粋に自分に正直に本気で向き合って見ると全く未熟な不完全な自分を見ることになる。本当はここから、本当の成長が始まるのだが、現代の人は逃げてしまうのがほとんどである。私達は子供たちが逃げないでキリストの十字架の愛の中にこの力を発見してほしいと願うのである。
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by oume-akebono | 2010-08-04 07:16 | 週報メッセージ