(ピリピ人への手紙2:12)   大谷 唯信 牧師


「わたしがすでにそれを得たとかすでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕らえようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕らえられているからである」


心に渇きを覚え、さらにイエスの霊なる命に満たされたいと願うのは、それ自体すでにイエスに捕らえられている証拠なのだ。イエスを自分の救い主として信じ、バプテスマを受ける。その時から聖霊が私達に注がれ、同時に、さらに成長させるために渇きを与えるようになる。聖霊は「罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう」(ヨハネ16:8)

この御言葉が自分の身に起きてくるのである。自分の自己中心の罪や汚れが今迄以上に見えるようになる。クリスチャンになる前より悪い人間になっていると思えるほどになり、到底、自分のような者はクリスチャンには向いていないのではと逃げ出したい気持ちにさえなる。以前の満たされた喜びや平安はどこにもなく、暗い中で自分の弱さばかりが見えて、教会にも行きたくない状態になる。

しかし、本当はそういう自分が嫌で何とか抜け出したいとも思うのだが、どうにもならない。これが霊的成長の一歩なのである。主が取り扱って下さっておられるのだ。主の訓練である。今迄の救いについての教えは、他の人から聞き教えられたものだ。それは入口であり、きっかけである。そこで信じる信仰を持った時から、主は主の訓練を与え、本物になるための導きが始まる。だから逃げてはいけない。自分の罪と直面し、キリストの十字架を見上げ、すべての罪を一つ一つキリストに預けるのだ。

キリストと共に死に、キリストと共によみがえる救いの秘儀を信じる信仰を持って取り組むのである。そうすればあなたは自分の体験としてイエスのいのちの実体に出会う事になる。これを求める事自体、すでにイエスに捕らえられているのである
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by oume-akebono | 2010-03-28 19:09 | 週報メッセージ

3月27日  週報より

◆寒暖の差の激しいこの頃ですが、お元気ですか。3月も最後の週となりました。今日も主の御名を崇め心からの讃美を捧げ礼拝いたしましょう。

◆今日から一週間は受難週です。キリストの十字架に向かう歩みを思い、この週を過したいものです。

◆本日の礼拝は第一・第二礼拝とも森元國文執事のメッセージで行われます。お祈り下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆壮年会は、礼拝堂の前の方で御一緒に昼食をとりながらセルグループを行います。声を掛け合って集まって下さい。

◆午後15時よりC.Sの子供達による「あけぼのクラブ発表会」があります。賛美・ダンス・ハンドベル・トーンチャイムを発表します。どなた様も参加し、子供達を励まして上げて下さい。

◆昨日の早天祈祷会から今朝まで「24時間連鎖祈祷会」が開かれ、多くの兄弟姉妹が順番に教会に来られ参加しました。感謝いたします。

◆受難日礼拝が今週2日(金)午後8時より行われます。

◆次週はイースター礼拝です。第二礼拝にて教師の任命式が行われます。
 

 〈教会の祈り〉

 ①常にまず自分の内側を整える。
 ②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する。
 ③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり。
 ④互いに牧会し合うセルの充実と拡大。
 ⑤150人礼拝を信仰で観ること。

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by oume-akebono | 2010-03-28 18:26 | 報告

(詩篇100:1-2)      大谷 唯信 牧師


「全地よ、主にむかって喜ばしき声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ」


「あなた」でも「わたし」でもない。「全地よ」である。天地宇宙、すべての被造物よ、と呼びかけている。勿論その中に私達も世界の人々も含まれているのだが、作者の全地に呼びかけてしまうほどの壮大なスケールの大きな信仰姿勢に思わず圧倒されるのである。

誰にむかって喜ばしき声をあげるのか」。「主にむかって」である。この世では確かに悩みがあるし問題もある。私達も弱い、悲しい事、辛い事、不条理な事、多々あるものだ。しかし、それでいいのだ。その現実のただ中で「主にむかって喜ばしき声をあげよ」と語る主はあなたの現状を御存知である。主の最善を信じ「主にむかって喜ばしき声をあげよ」。これが礼拝である。

私達は礼拝の時に、余りにも自分に捕らわれていないだろうか。自分を自分なりの殻に閉じ込めてはいないだろうか。神を自分なりの小さな神にしてはいないだろうか。「主は大いなる神、すべての神にまさって大いなる王である。地の深い所、山々の頂きも、海も主のもの、主が造られた。さあ、我らは拝み、ひれ伏しわれらの造り主、主のみ前にひざ真づこう。主はわれらの神であり、われらはその牧の民、そのみ手の羊である。今日、そのみ声を聞くように。心をかたくなにしてはいけない」(詩篇95:3-8)。と御言葉は語る。

私達は毎週の礼拝や信仰をマンネリ化させないように気をつけよう。そのためには私達が青梅あけぼの教会の者として礼拝をあらゆる生活の中心に置いて聖別し、日ごとに自分を捨て、自分の十字架を負って主に従う決断を新たにすることだ。その時、主はすでにあなたと出会い支えて下さっておられるのを知る。
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by oume-akebono | 2010-03-28 18:24 | 週報メッセージ

3月21日  週報より

◆本日も皆様と共に礼拝できますことを感謝いたします。主は生きておられます。主の御心を求め,
新たな信仰で歩む決意の場と致しましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日午後より「霊交会」を開きます。森元國文兄の発題をもとに「教会成長と伝道」について学びます。青梅あけぼの教会がさらに成長し豊かに実を結ぶために互いの学びと交わりの時を持ちますのでよろしく御協力下さい。

◆コーヒー販売は昨日も行われ、天候にも恵まれ感謝でした。多くの方々の御奉仕によって、すばらしい時として下さいました。本当にありがとうございます。尚、市川大野教会の中田牧師と4人の御婦人方が来られ楽しい交わりの時となったことは感謝でした。皆様本当に御苦労さまでした。

◆明日(22日・休日)、横浜JOYバプテスト教会の新会堂の献堂式が行われます。参加希望の方は相山憲司兄まで申し込んで下さい。あけぼの号で一緒に行きます。

◆23日(火)東京地方バプテスト教会連合役員会が、18:30より大久保教会で開かれ、大谷牧師と相山憲司兄が出席します。

◆去る17日(水)あけぼの幼稚園の卒業式が行われました。14名の卒園です。

◆19日(金)東京バプテスト神学校の森元國文兄の卒業式が行われました。大谷牧師、望月格兄が出席いたしました。森元國文兄は4月より当教会の副牧師となります。お祈り下さい。
 

〈教会の祈り〉

 ①常にまず自分の内側を整える。
 ②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する。
 ③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり。
 ④互いに牧会し合うセルの充実と拡大。
 ⑤150人礼拝を信仰で観ること。

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by oume-akebono | 2010-03-27 23:45 | 報告

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今年も梅の季節になりました。
昨日(13日)と今日、あけぼの教会でも恒例のコーヒー販売をしました。
今日は青梅市の梅祭りの日です。
昨日に引き続き、風のない素晴らしいお天気でしたので、たくさんのお客様で賑わいました。
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用意したテーブルでは間に合わなくて、途中ベンチを出したほどの大盛況(^^)
相山兄他、教会の男性陣が淹れてくれた飛びきり美味しいコーヒーが
1杯たったの200円!ホットドックも飛ぶように売れました。
今週土曜日(20日)もコーヒー販売をする予定です。
どうぞお越し下さいね。

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そして昨日・今日と2日間コーヒー販売と同時に『讃美展』が開催されました。
こちらも梅の時期の恒例となっています。
あけぼの教会にいる美術部メンバーが、神様を讃美するためだけに開く絵の展覧会です。
メンバー全員がクリスチャンで、今回もみんなでこの日まで共に祈り合い、
それぞれの力作が勢ぞろいしました。
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大谷牧師と今回出品したメンバー全員で記念撮影(^^)
次回の讃美展にも乞うご期待下さい!
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by oume-akebono | 2010-03-14 23:54 | 行事

(コリント人への第一の手紙1:18)   大谷 唯信 牧師


「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。」


「十字架の言」とはイエスの語られた言葉であり、イエス御自身である。「十字架の言」とは私達を罪から救い、永遠の命に入れて下さったイエスの十字架と復活の勝利を意味するのだ。

さて私達はどうしたら救われ一切の不安から解放され、もっと自分らしく輝き、力強く生き生きと確信を持って生きられるのであろうか。「救いにあずかるわたしたちには神の力である。」と言うのだが・・・。そこまでなれてない自分がいるし、まわりにも努力しながらも中に確信が持てないと悩んでいる方もおられるとの声を聞く。何故だろうか。まず言える事は求める方向がちがうのである。

罪を悔い改め神を信じ教会生活を忠実に守り、奉仕もする、あらゆる活動にも熱心に参加し重荷を負う。他からも喜ばれ、感謝もされる。しかしこれは外側の事であって内側の「内なる人」を強くする事に結びついていないため、やがては疲れ切ってしまうだろう。

本物の信仰を得るためには、内側なのだ。
すなわち、自分の中にある密かな罪、肉の働き(不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔等など)と正直に向き合う事である。キリストによってすべての罪は許されましたと言っても生きている間は次々と罪は出てくるからである。

パウロのように「欲する善はしないで、欲しない悪は、これを行う」の現実を見、取り組む事が大切である。ついに罪に支配され「わたしは何と言うみじめな人間なのか」と叫び出し、神からの断罪の中で、その時、キリストの十字架と一つになり、キリストと共によみがえらされた確信に満ちた信仰に切り替えられるのである。この恵みの体得こそが基本であろう。
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by oume-akebono | 2010-03-14 23:15 | 週報メッセージ

3月14日  週報より

◆やっと春を迎えた感じです。昨日に続いて暖かい日です。梅も美しく咲き、観光客が教会の前にあふれていますが、こうしてまず礼拝のできます事、感謝いたします。

◆昨日は一年ぶりでコーヒー販売をいたしました。暖かい天気に恵まれ教会の方々の御奉仕によってなされたことを感謝いたします。なお、本日も昼食後、コーヒー販売をいたします。ご協力のできます方は、よろしくお願い致します。

◆同時に昨日より「讃美展」が礼拝堂で開かれております。レベルの高い作品と多くの方々からも好評です。特に御言葉によって信仰が語られている作品は心に響きます。本日も礼拝後、開かれますので楽しみにして下さい。

◆今週は卒業式が続けて行われます。覚えてお祈り下さい。
 ・16日(火)ひよこぐみ卒業式
 ・17日(水)青梅あけぼの幼稚園卒園式
 ・19日(金)東京バプテスト神学校卒業式
  森元國文兄が卒業いたします。
  卒業式の説教は大谷牧師です。

◆今週20日(土)にコーヒー販売を予定しています。奉仕して下さる方が必要です。どうぞ皆様よろしくお願い致します。なお、20日(土)は午後より市川大野教会の女性会の方々が中田牧師夫妻と共に観梅をかねてコーヒー販売の様子を見学に来られます。

◆22日(月)は横浜JOYバプテスト教会の献堂式が行われますので行かれる方は御一緒に参りましょう。

◆次週21日(日)は霊交会としての一日を過ごします。どうぞ礼拝後も予定しておいて下さい。共に霊的な交わりを深める時といたしましょう。
 


〈教会の祈り〉

 ①常にまず自分の内側を整える。
 ②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する。
 ③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり。
 ④互いに牧会し合うセルの充実と拡大。
 ⑤150人礼拝を信仰で観ること。

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by oume-akebono | 2010-03-14 23:12 | 報告

(ローマ人への手紙7:19-20) 大谷 唯信 牧師

「わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。それはわたしの内に宿っている罪である。」


パウロは自分の意志に反し自分を支配している罪を見、何とかこれを排除し、清い自分になろうと努めたが、全くのお手上げであった。「罪の値は死である」との律法の中で「わたしは何というみじめな人間なのだろう。誰がこの死のからだからわたしを救ってくれるのだろうか」(ロマ7:24)と絶望のドン底から十字架のキリストを見上げ、ただ主に頼るだけの思いでキリストに触れたのだ。長血の女がキリストの衣の裾に触れたように触れたのだ。

その瞬間、罪から解放され、「わたし達の主イエス・キリストによって神は感謝すべきかな」(ロマ7:25)と喜びの声をあげたのである。群衆の押し迫る者としてではなく、罪に絶望した者として、即ち、「わたし達の古き人はキリストと共に十字架につけられた。

それはこの罪のからだが滅び、私達がもはや罪の奴隷となることがないためである。それはすでに死んだ者は、罪から解放されているからである。」(ロマ6:6-7)と言うことが起きたのである。私達もイエス・キリストを信じる信仰によって罪ゆるされ義とされたのだ。かと言って、私達が罪を犯さず完全な人間になったわけではない。罪があっても、キリストの贖いによって神の法廷に於いては無罪とされたと言うことだ。

一体人間は何故罪を犯すのだろうか。それは神を離れ、肉となり罪の支配に身を委ねてしまったからである。クリスチャンになっても、この世では肉の幼さが常に私達を支配してくる。これは毎日の現実である。しかし恐れる必要はない。御言葉が死人の中から生かされた者として、自分自身を神に捧げ、自分の肢体を義の武器として神に捧げるがよい。そうすれば、罪に支配されることはないからである。」(ロマ6:13)と約束して下さっているからである。
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by oume-akebono | 2010-03-08 09:13 | 週報メッセージ

3月7日  週報より

◆御元気ですか。三月を迎えました。寒暖の変化の激しいこの頃ですね。今日も皆様と共に礼拝できますことを、神に感謝いたします。

◆本日の第一礼拝は親子礼拝です。子供達と一緒に元気で讃美をいたしましょう。

◆本日は、第二礼拝にて主の晩餐式が行われます。私達の罪はイエスを信ずる信仰によって贖われました。これを感謝し、十字架のイエスを偲びつつお受けいたしましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等は良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日は定期総会が開かれます。新年後の活動計画についてです。会員の方々はどなたも御出席下さい。新年後の歩みのために、共に語り合い祈る時といたしましょう。

◆その後、セルリーダー研修会第2回を開きます。セルの運営は交わりと訓練の場となります。新年度はさらにセルの活動に全員で取り組みたいと願っておりますので、すでに責任を持っている方をはじめ、セルに関心のある方はどうぞ積極的に参加して下さい。

◆今週の土曜日(13日)はコーヒー販売と讃美展が行われます。どうぞ御協力をお願い致します。


<教会の祈り>

①常にまず自分の内側を整える。
②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する
③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり
④互いに牧会し合うセルの充実と拡大
⑤150人礼拝を信仰で観ること

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by oume-akebono | 2010-03-08 09:10 | 報告

(マタイによる福音書13:23)    大谷 唯信 牧師


「良い地にまかれたものとは、御言葉を聞いて悟る人のことであって、そう言う人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」

御言葉は良い地に実る。それならば私達は良い地にならねばならない。どうすれば良い地になれるのか。そう難しい事ではない。まず、それを願い、自分が必ずそうなると心に決める事である。即ち、自分が御言葉を聞いて悟る人になるのだと、固く信じ決める事である。

単に知識を得るとか学ぶと言うのではなく、御言葉によって日々新しく造り変えられ、自分が成長していく人になる事を主に求めるのである。求めるならば主は必ずそのために必要な心の姿勢、有り方を示して下さり、上からの知恵を与えて下さる。

「成長させて下さるのは神である」(Ⅰコリント3:6)が、成長のための心構えをするのは自分である。とにかく主に求めることだ。「すべて求めるものは得、捜す者は見いだし、門をたたく者は与えてもらえるからである」(マタイ7:8)。御言葉を持って求めるのがよい。「御言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与える」(詩篇119-130)からである。これらを生活の中で実体験として積み重ね、「本当にその通りだ」と自分の言葉で言えるキリスト者になってほしいのである。

何年たっても「私は駄目です」と言いつつ本当に成長しない者もいる。それは、信仰は信仰、生活は生活と言って分離させている場合が多い。信仰が自分の生き方に何の影響も与えていないのである。また信仰が自分の満足、自分の幸せのためだけになっていて、自分の都合が中心の場合や、信仰が心の王座ではなく附属になっていたりする。このように自分を「道ばた」「土の薄い石地」「いばらの地」にしてはならない。良い地となって御言葉を聞いて悟る人になろうではないか。
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by oume-akebono | 2010-03-01 01:58 | 週報メッセージ