9月28日  週報より

◆9月最後の礼拝となりました。朝夕はめっきり涼しく昼はさわやかな秋を感じます。自然も私達も命あるものすべて変化していますね。本日も心からの礼拝を捧げ御名をあがめましょう。神様からの祝福を沢山受けとって下さい。

◆本日は礼拝後、壮年セルグループがあります。昼食を共にしながら楽しい語らいの時を持ちます。皆さん来て下さい。

◆先週23日(火)祝日は「あけぼのファミリー運動会が五小体育館で行われ、沢山の方々の参加が盛大な運動会が開かれました。皆様の御参加と御手伝いを心から感謝いたします。

◆昼食、コーヒータイムは良き交わりの時として皆様御一緒にいたしましょう。

◆本日は各会の集いの日です。壮年、女性、青年、少年少女等の各会の集いを開きます。それぞれの所へ集まって下さい。互いの恵みを分かちあい祈りあう恵まれた時です。

◆明日29日午前10時半より「あけぼのサロン」として子育てのお話と楽しい語り合いの一時をお茶の時間で過ごします。お母様方の参加をお待ちしております。

◆今週土曜日(10月4日)執事会、午後8時より。

◆次週10月5日(日)はいづみ会の後、福生キリスト教会に場所を移し、西地区主催の「執事、役員研修会」に参加いたします。どなた様も御出席下さい。近隣の教戒の方々との交わりも楽しく得るものが沢山あることでしょう。


<教会の祈り>

①常にまず自分の内側を整える。
②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する
③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり
④互いに牧会し合うセルの充実と拡大
⑤150人礼拝を信仰で観ること

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by oume-akebono | 2008-09-28 15:11 | 報告

(Ⅰコリント1:18)   大谷 唯信 牧師

「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である」

教会は魂が救われ永遠の命が与えられるだけの場ではない。人間としての人間性、人格が常に成長し、「愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達する」(エペソ4:15)場でもある。この世に於いても人間的成長については以前より関心が持たれているように思う。

それは教育的と言うより社会的な課題にさえなって来ているのではなかろうか。
多くの人々は社会的問題、教育的問題、学校の有り方、家族の有り方等に解決の道を求めようとするが、どんなに研究され議論されてもその流れは変るものではない。肉は肉だからである。どんなに磨いてもガラスはガラス、決してダイアモンドにはならない。エゴはどんなに着飾ってもやはりエゴで変わらないのである。

しかし、イエスの十字架の力はエゴを砕き、私達の内面を神のいのちに代えて下さるのである。イエスを信じる信仰に神のいのちが注がれるからである。もし、イエスの十字架を私の人生への出来事として信じ受け入れるなら、誰もが神のいのちが注がれて新しくなる事ができるのだ。もし、これを本当に必要としているのなら、自分の常識では受け入れられないと思っても思い切って信じて見るべきであろう。自分の殻を捨て新しい自分にして下さいと神に本気で求めるなら、思いもよらない時に、「あっ、これだ!」と本当に信じられる事が起るのである。チャレンジしてみてはどうだろう。
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by oume-akebono | 2008-09-28 15:09 | 週報メッセージ


教会では、毎週第一礼拝にて教会員による証があります。
青年会、女性会、壮年会より・・・毎週誰か一人がその時間を神様に頂くのです。
みんなそれぞれ心に示された証で、聞く私たちにとってそれは素晴らしい経験です。
今日証をしてくれたY.I兄は、原稿をお持ちでした。
ブログを見て下さる方にも是非紹介したい!というお願いに快く応じて下さったのでこちらで分かち合わせて頂きますね。Y.I兄、有難うございます!



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   証    Y.I兄


私には障害があります。
生まれ持ったものではありません。それは目には見えません。
私の障害は心の病です。

心に痛みがありながら教会に通うようになっていきました。
三年前、私には頻繁に会う友達はいませんでした。
自分と同じぐらいの年の青年と話をしたいと思い、毎週教会に通っていました。
そんな教会生活が始まって何ヶ月か経った頃、
私は一人の青年に勇気を持って自分の病気のことを思い切って話してみました。
「オレ、欝病なんだ」と。

彼は驚きもせず「ああ、そうなんだ。欝病の人教会にけっこういるよ。」と言いました。
私のほうが拍子抜けをしたのを今でも覚えています。
その青年の名前は相山喜祈君です。彼は非常に私の耐え難い話を何度も聴いてくれました。
それが夜中の電話であっても熱心に聞いて、彼は話の最後に決まってこう言います。
「有難う、話してくれて」と。
お礼を言うのはむしろ自分のほうなのに、と思っていました。不思議でした。

次第に喜祈君が求める神様に関心を持ち始めました。
一時期、10代の頃に聖書を読んでいましたが、私はただの本としか見ていなかったのだと、
それからは生きた神様の御言葉として捉えるようになっていきました。

しかし、バプテスマクラスをする中でも確信をつく出来事はありませんでした。
そんな中、青年礼拝の証の時に、自分の病気のことを話しなさい・・・と初めて聖霊様に促しを受けました。私は病気のことを他の青年に話すことを、むしろずっと隠していたいと思っていました。
しかしその時、話さなくてはならないと、思いを与えられました。
正直どう思われるか怖かったです。涙ながら話しました。
欝のこと、眠れない怖さ・・・話し終わって席についても涙は止まらなかったです。
それ以来、男女を問わず青年とより一層仲良くなりました。
その日に確信を得ました、神様はおられると。理屈ではないのだと。

今年6月に、大谷先生から「みことばの力」という本を頂きました。
その中の一節に私は目が留まりました。

「主は私の力です。私は誰を恐れましょう。
キリストが私の病を負われました。
私は主の打ち傷によって癒されました。」


その言葉を大胆に告白しなさいと書いてありました。
私は癒されているんだ、もう大丈夫なんだと。

その時真剣に思いました。信仰によって私の病は癒された、と。
これから先どんなに病気が蝕んでいこうとも、この言葉を私は告白していきます。
「キリストが私の病を負われた。私は主の打ち傷によって癒された」と言い続けます。

私の信仰はまだ幼い信仰ですが、誰でも最初は本当に小さいからし種一粒の信仰からでいいことを、あけぼの教会で教えて頂きました。
私は、私の病を負われたイエス・キリストに仕えていきます。
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by oume-akebono | 2008-09-21 16:25 | 証し

9月21日  週報より

◆大雨を降らせていた台風も過ぎ去りホッといたしました。皆様お元気ですか。いよいよ秋の行事で子供達も楽しさいっぱいです。私達も心からの礼拝を捧げ神様からの元気をいただきましょう。

◆本日は森元國文執事、吉岡義兄は板橋伝道所にてメッセージ・証しのご奉仕に行っております。どうぞ祈りに覚え応援して下さい。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食など、良き交わりの時となりますので、どなた様もご一緒にいたしましょう。尚、準備、あと片付けのご協力をお願いいたします。

◆本日は2時より小羊会が開かれます。よろしくお願いいたします。

◆今週23日(火・祝)、いよいよあけぼのファミリー運動会が五小体育館で行われます。あけぼの幼稚園の皆様、教会の皆様、みんなで参加いたしましょう。C.Sの子供達、中高青年、壮年もご婦人も全員集合です。みんなで盛り上げ喜びを分かち合いましょう。

◆幼稚園では10月になりますと新入園児募集の時期となります。皆様の祈りとご協力をお願いいたします。

◆各セルグループにお友達をお誘い下さい。個人的な暖かい交わりがあり共に聖書を学びます。

◆大久保真道兄は28日までスペイン・ポルトガルへの出張です。祈りに覚えて下さい。

◆10月5日(日)午後3時より、東京連合西地区主催で執事・役員研修会が福生キリスト教会にて開かれます。よい学びの時となりますので皆様のご出席をお願いいたします。



<教会の祈り>

①常にまず自分の内側を整える。
②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する
③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり
④互いに牧会し合うセルの充実と拡大
⑤150人礼拝を信仰で観ること

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by oume-akebono | 2008-09-21 07:28 | 報告

(ヨハネによる福音書 14:1,18) 大谷 唯信 牧師

「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。」


人は誰でも思わぬ不幸と思われる出来事に遭遇する時がある。大きな事はもちろんであるが、小さな事であっても当人にしてみれば痛く辛いことなのである。「なぜ、自分だけがこんな目にあわなければならないのか。結局、誰も自分のこの苦しみ、この気持ちをわかってはくれない。」などと思ってしまうことがあるのではなかろうか。

しかし、人間はどんなに強そうであっても本質的には、皆、弱くさびしいのである。孤独である。正直に言えば、真っ暗で不安の中に生きているのだ。だだ、仕事とか、家族とか、目標とかで目の前の生きがいを見る事で心の灯を何とかつないでいる。

しかし、灯が消えた時、生きる意味が見えなくなった時、人は不安に陥ってしまう。生きる意欲すら失われ、闇の中に沈もうとする。その時こそである。主の御声を聞きなさい。主はあなたの痛みも悲しみも御存知なのだ。そういうあなたに主は語られている。


「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。」「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」(ヨハネ14:6)と。


人は自分に力があると思っている間は神の御声が聞こえないのである。「目あれど見えず、耳あれど聞こえず」である。だから、イエスは「心貧しく飢え渇く者は幸いなり」と言われた。今こそ真実の心を神に向けようではないか。
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by oume-akebono | 2008-09-21 07:25 | 週報メッセージ

日曜日の午後(^^)

あけぼの教会の日曜日の礼拝が終わるのは午後12時半。
その後はみんなでお昼を頂きます。
お昼ごはんは毎週女性会が当番を決めて献立を考え、買い物をして作ります。
今日のお昼は親子丼でした!(美味しかったです!)

今日は日曜日の午後、私(T)はデジカメを持って教会内をウロウロ・・・・。
さて~・・普段のあけぼのってどんな感じでしょうか。
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礼拝堂では壮年会のみなさんが集まって一緒に昼食会。
ここでセルの集まりをしていました。

・・・と、2Fのホールが何だか賑やか・・・笑い声や歓声が聞こえてきます。
何をしているのかな??
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おー!ここではお昼ご飯を食べ終えた青年と子どもたちがドッチビー(ドッチボールならずドッチフリスビー、略してドッチビー!)をしていました。
青年たち、毎週子どもたちを相手に色々なクラブを作ってくれてます。
今週はドッチビー。来週はPDC(プレイズ・ダンス・クラブ)です。感謝!

再び礼拝堂のほうに戻ってくると・・・台所で青年たちがエプロン姿でお皿洗いをしてくれてました。今週のメンバーはこの兄弟姉妹。有難うございます!
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う~~ん・・みんなエプロン似合ってますね!(^^)
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by oume-akebono | 2008-09-14 16:04 | 教会あれこれ♪

9月14日  

◆朝夕にはめっきり涼しくなりました。
皆様お元気ですか。共に心からの礼拝を捧げましょう。主の御名を讃美し、すべての栄光を神様にお返し致しましょう。
神は必ず命を注いで下さり元気を与えて下さいます。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、どなた様も御一緒にいたしましょう。良き交わりの時として下さい。

◆壮年は礼拝後すぐにセルグループを開きます。壮年の方はこぞって出席して下さい。

◆昼食後、C.S.教師会が開かれます。
教師・スタッフの方々はよろしくお願い致します。

◆次週(21日)、森元執事は、板橋伝道所でメッセージの奉仕をいたします。
お祈り下さい。

◆次週は小羊会があります。

◆16日(火)に市内園長会があります。

◆あけぼのファミリー運動会が、来週9月23日(火・祭日)に、第5小学校体育館にて開かれます。多くの方々の参加をお願い致します。

◆バプテスマを受ける希望のある方は牧師・教師にご相談下さい。

<教会の祈り>

①常にまず自分の内側を整える。
②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する
③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり
④互いに牧会し合うセルの充実と拡大
⑤150人礼拝を信仰で観ること

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by oume-akebono | 2008-09-14 07:15 | 報告

(箴言3:5-6)   大谷 唯信 牧師

「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識に頼ってはならない。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」

神は心から主に信頼する者を必ず祝福して下さる。どんな困難があろうが関係はない。「主がまっすぐにされる」のである。あなたは主に信頼しているだろうか。

何となくとか習慣でではない。「心をつくして」である。と言う事は、意識して、信仰を持って、時には必死になって主に信頼を置くことであろう。

詩篇62:8では「民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ」とある。
それだけ人の心は神から離れ、自分の知識や経験、この世の力に頼るのが普通になってしまっているのだ。

罪とはこの世の善悪の事ではない。神に頼らず、神から分離し自分独自で歩む事を言う。人は神から離れては神の命はなく、エゴである肉の命しかない。それはどんなに繁栄しても死であるのだ。一般的には神に頼むなど弱い人間のやる事と思われている。能力のある者、自信のある者、自分の力で成功し豊かな生活をしている者が神を求めるのは難しい。これが罪の支配なのだ。しかも、彼らは態度も親切で愛情深く、謙遜で忍耐強い。人間としても我々クリスチャンよりも立派と思える人も多い。

ところが、これは神からのものではなく、自己(肉)から出たものであるのだ。たとえどんなに良くてもそれは死なのである。
「肉は肉でありその思いは死であり、神に敵する」(ロマ8:6-7)
ものである。だが私達クリスチャンでも、神によっての集まりでありながらいつの間にか自己に立ち、自己の力(肉)で信仰生活をしていることがある。秘かな自信がそうさせるのである。
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by oume-akebono | 2008-09-14 07:13 | 週報メッセージ

9月7日  週報より

◆9月を迎えました。今日の礼拝に集う皆様を心から歓迎いたします。残暑も厳しく続くかもしれません。新たな心をもって共に礼拝を捧げましょう。

◆本日は第二礼拝にて主の晩餐式が行われます。私達の罪のために十字架の苦しみを思い感謝してお受けいたしましょう。

◆礼拝後のコーヒータイム、昼食等、良き交わりの時としてどなた様も御一緒にいたしましょう。

◆本日はいずみ会が昼食後行われます。月に一度の信徒会ですのでどうぞ御出席下さい。

◆9日(火)18時半より東京地方連合委員会が大久保教会にて開かれます。大谷唯信牧師、相山(憲)兄が出席します。

◆10日(水)幼稚園では敬老感謝会が開かれます。

◆12日(金)東京地方連合青年の集い、J-WAVEが大久保教会にて開かれます。

◆来月10月5日(日)午後3時より福生教会にて西地区合同での執事・役員研修会が開かれます。諸教会の方々との交わりともなりますので執事の方々を始め、皆様の御出席を御願い致します。

◆祈祷会、各セルグループ、プレイルーム、ひよこぐみ等々の働きを覚えお祈りください。


<教会の祈り>

①常にまず自分の内側を整える。
②教会を信じ、礼拝、祈祷会、献金を聖別する
③牧師・信徒の信仰、霊性の深まり
④互いに牧会し合うセルの充実と拡大
⑤150人礼拝を信仰で観ること

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by oume-akebono | 2008-09-07 07:17 | 報告

(ヨハネの第一の手紙4:7-19)   大谷 唯信 牧師

「わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出た者なのである。わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである」

私達は常に教会の成長を願っている。
子供の成長と同じく教会は日毎に変化し成長していくものだ。何故なら教会にはキリストのからだとしての神の命が与えられているからである。つまり私達に神の命が与えられているという事なのだ。

神の命は神の愛そのものである。神は愛である。


「私達が神を愛したのではなく、神が私達を愛して下さって、私達の罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある」(Ⅰヨハネ4:10)


「彼によって私達を生きるようにして下さった」(Ⅰヨハネ4:9)



と聖書は語る。愛する愛も生きる命も根拠は自分ではなく神でありキリストの十字架にあるのだ。世の人々はこれを知らず一切の根拠を自分に置く。だから問題が起きるとすぐ力が尽きるのである。


又、どんなに善い事をしても愛しても自分が根拠であるからエゴを脱することができない。人間を駄目にし不自由にしているのはこのエゴなのである。しかし世の人はエゴが発揮できた時、自由を感じ生きがいを感じ喜びを感じる。エゴが通らないと悲劇のヒーローになってしまう。これこそ悲劇ではないか。これほど本来立つべき所からズレてしまっているのだ。

今の世の政治・経済・社会をこの観点から見るとあらゆる問題がこの本質からのズレの結果だということが見えるのではなかろうか。私達が根拠なのではない。「神がまず…」なのである。それなら私達はもっと大胆に生き互いに愛し合う者となろうではないか。
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by oume-akebono | 2008-09-07 07:13 | 週報メッセージ