11月12日 聖霊は神の約束である

(ヨハネによる福音書 3章16節)       大谷唯信牧師



「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。」



神は昔は預言者達により、いろいろな時に、いろいろな方法で先祖達に語られたが、この終りの時には、御子によって、私達に語られたのである。(へブル1:1-2)



神は今のこの時代にも生きていて確実に私達を支え導いておられる。



しかし、現代の多くの人は神については観念的に何となく意識するだけで、はっきりとはわからず、又、わかろうともしないのが一般的ではないだろうか。信仰は日常生活に日々力を与え豊かな命が与えられるのであるが、多くの人にとっては何か特別な宗教的な精神修養をする事であり、普通の自分の人生にはほとんど関係のないものと見ているのではなかろうか。



神は私達に聖書を通して神を現わして下さり、私達人間が神を知り神と出会っていくためにどのような態度をとるべきかを教えて下さっているのである。聖書は人間の知恵や知識、研究等によって書かれたものではない。それらをはるかに超えた「神の霊感によって書かれた」正に神の啓示の言葉である。さらに神の最大な啓示は神の独り子イエス・キリスト御自身であろう。



この聖書によるならば、神を信じるためにはまず神が啓示として賜わって下さったイエス・キリストを信じることである。イエス・キリストを抜きにしては誰も神を信じることは出来ない。「神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神を現わしたのである」(ヨハネ1:18)と聖書は語る。これら神の啓示として現わされた聖書を私達は「私の信仰」として取り組むのである。書かれている御言葉、そこに秘められているメッセージを信じるべきなのだ。聖書は私達への「神の約束」である。「十字架の言は滅び行く者には愚かであるが救いにあずかる私達には神の力である」(Ⅰコリント1:18)聖書による神の約束を自分の中で現実化する事を願うのであるが、聖書の助けを求めつつ取り組むのである。








































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by oume-akebono | 2017-11-12 16:54 | 週報メッセージ