10月8日 肉ではなく御霊に従う教会

(コリント人への第一の手紙 2章8節) 大谷唯信牧師



「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。」



「この知恵」とは世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれ、隠された奥義としての神の知恵である。それは十字架のイエス・キリストの事だ。しかも生まれながらの人は肉(エゴ)で生きているので、神からの霊のことは分からない。何故なら、肉と霊とでは周波数が違うからである。ラジオでも、周波数が異なるならその局の放送は聞こえないではないか。肉と霊とは周波数が違うのだ。「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っている者は、ひとりもいなかった。」(Ⅰコリント28)のはそのためである。



パリサイ人パウロもそうであったが、彼は、700年も前の預言者イザヤの「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は、ご自身を愛する者たちのために備えられた」との預言が、時が至って成就したことを御霊の啓示で知らされ、さらに伝道者としての召命を受け、立たせられ、多くの実が結ばれ残ったのである。



御霊の周波数に合わせるには、肉の思いでは全く駄目で通じないのだ。「この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。」(Ⅰコリント121)と御言葉は語る。ではどうすればよいのか。パウロが示されたことは、コリント人への第一の手紙1章12~30節に記されている。即ち、神はこの世の愚かな者、無きに等しい者を敢えて選び、教会を誕生させ、全世界に福音を伝える使命をそれらの教会に託されたことを知っていくのである。



今やキリストの福音は全世界に伝えられ、この青梅の地にも福音を届けてくださった。神は青梅あけぼのキリスト教会として私たちを召し、永遠のいのちの中にある「神の家族」として下さったのである。私たちの出会いは単なる偶然や自分の思いではなく、それらを超えた神の導きであるのだ。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そしてあなたがたを立てた。豊かに実を結ぶため…」(ヨハネ1516-)と主は語られる。私たちは二千年の教会の歴史の恵みの上に立っているのである。



















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by oume-akebono | 2017-10-08 13:09