10月1日 恵みの中で成長する

(ペテロの第二の手紙 3章18節)        大谷唯信牧師



「わたし達の主、救い主イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」



私達は神の恵みと知識によって生かされ成長する。神の恵み、神の知識とは何か。パウロは語る、「十字架の言は滅びる者には愚かであるが、救いにあずかる私達には、神の力である。この世は自分の知恵では神を認めるには至らなかった。それは神の知恵にかなっている。そこで神は宣教の愚かさで信じる者を救うこととされたのである。それは十字架につけられたキリストである。」(Ⅰコリ1:18)それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。



「律法はモーセをとおして与えられ、めぐみとまこととは、イエス・キリストをとおして来たのである。」(ヨハネ1:17)

旧約では人は常に失敗であった。律法はあっても守る力がなかったからだ。真理(律法)は罪を裁くだけであったからである。



しかし、神はひとり子なる真理によって罪を指し示し、同時にめぐみによって罪を贖い勝利を与えてくださった。これを信じる信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力であると聖書は語る。「世に勝つ者は誰か、イエスを神の子と信ずる者ではないか。」(Ⅰヨハネ5:5)



では、実際にこの恵みを受けるにはどうしたらよいのか。まず御言葉によって自分の罪を一つずつ明確にとらえ、自分の罪として認めることである。「思いわずらうな」と御言葉が言う、自分は思いわずらっている。それは罪である。御言葉は「許しなさい」とある。しかし許せない。これは自分の罪である。はっきりと自分の罪であることを認めよ。これが大切なのだ。孤独で寂しく悩んでいる。主は「世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」と言われている。これも自分の罪である。



主イエスは罪を贖うために来られたのだ。「主よ、この罪を贖ってください」とはっきり祈り、主の十字架に委ねるのだ。御聖霊はあなたを助け、孤独感も不安も消え平安に変わるのである。恵みとは、自分に替わり主がなさってくださる事である。





























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by oume-akebono | 2017-10-01 15:59 | 週報メッセージ