2月19日  主は我らと共におられる

(ガラテヤ人への手紙 5章16節)   大谷唯信牧師



御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。




わたしたちの教会は必ず豊かに成長する。キリストの命である御霊が教会に注がれているからである。




神が与えた下さった独り子イエス・キリストも、十字架による福音の恵みも、わたし個人にではなく、わたしたち教会に与えられているのである。大きく言えば天地創造、アブラハムの選び、イスラエルの民の選び、そのすべての歴史、そして独り子イエス、十字架の死と復活、教会の誕生から現在のわたし達の教会までの歩みと今のわたし達の教会の在り方も、すべてが神の御手の中にある神の出来事であり御霊の導きにあるのである。決してたまたま起きた偶然の出来事ではない。すべてのものは、これ(キリスト)によってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。(ヨハネ1:3)と聖書は語っているではないか。




私達の教会はさらに深く成長する必要がある。すでに与えられている恵みを「世の光」「地の塩」として世に仕えるためである。

だからと言って焦ったり思い悩む必要はない。御霊が押し出し促して下さるからである。




「御霊によって歩く」とは、常に信仰によって「主は我らと共におられる(インマヌエル)」と言う信仰で歩む事だ。




信仰は決してマンネリ化ではいけない。わたし達が救われたのはイエス・キリストを信じその信仰によって救われたのである。

この信仰は自分の中で明確にしておく必要がある。からし種一粒の小さな信仰であってもその根拠は自分ではなくキリストにあることを覚えよう。




ガラテヤ教会はパウロに叱られた。「御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか。 あれほどの大きな経験をしたことは、むだであったのか。(ガラテヤ3:3-4)と。

一所懸命であってもいつの間にか肉の働きに変わっていることがあるのだ。わたし達が教会である。教会と私達の成長は一つである。

御霊に歩もう。





















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by oume-akebono | 2017-02-19 01:38 | 週報メッセージ