1月22日  驚くべき神の愛

(エペソ人への手紙 1:3-5)   大谷唯信牧師



「神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。」




何と驚くべき事か。神はわたし達を天地の造られる前からキリストによって選んで下さった。それはキリストの愛によって神の子たる身分を授けると語るのである。それは何のためであろうか。自分の喜びのためだけではないのである。それは「子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるため」(エペソ1:6-7)なのである。


私達の教会は今、沢山の恵みを受けている。御聖霊が教会に注がれているからである。すべて御聖霊の出来事である事を覚えよう。恵まれた時、サタンは私達に入り込んでくるからだ。「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」(エペソ2:8-9)


誇り、高慢は自覚症状がないから気をつけよう。そう言う積もりが全くないのに起きるのである。ちょっとした事でイライラしたり不満が出たり、ある人が苦々しく思えたり等のかすかな心の働きは肉の働きである。信仰年月の古い人も新しい人もサタンは巧妙に信仰や善意の中にすべり込んでくるから気をつけよう。油断してはいけないのだ。油断とは霊の油が切れる事である。パウロは言う「人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取る」(ガラテヤ6:7)と警告している。私達の教会は今が大切な時だ。「善を行うことに、うみ疲れてはならない・・・」(ガラテヤ6:9)



















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by oume-akebono | 2017-02-01 18:37 | 週報メッセージ